2016年12月12日

目指すは…彼奴の首、ただそれのみ! by幸村こと信繁

来週とうとう最終回ですね…『真田丸』。
はあ〜 一年は早いのお…。

そんで今日は…ざっくり感想なんぞを。
(本格的な感想なんかは(きっと長くなるのでw)後日まとめてみたいと)


まず。
アレです…きりちゃんの事。

最初の頃に自分的に思っていたのは、
きりちゃんがしょっぱなから一人暴走してた理由は(暴走ってw)、
きりちゃんと信繁が早くから心通じ合ったりすると…、
実は物語上マズいからでは?と。

というのも『真田丸』はドラマですけれども、
一応史実にも則る前提なので(NHK大河だから)、
きりちゃんとの出会いの後から正室が来るわけで、
そうなると…信繁の妻的女性は(梅ちゃんも入れると)複数となり、
現代の若い人達、歴史的知識があんまり無い人達はドン引きになっちゃうかも…。
(事実、親しい若い衆wに「この状態」を話したらドン引きだったw)

で、
それを回避するために「最初きりは一人カラ周りの元気っ娘」って、
信繁的に(視聴者的にもw)ウザいって設定なのかな…と。
(だからまずは、途中退場してしまう梅ちゃんを持ってきて、
きりの気持ちは成就しない事に展開させたのでは…と)

でもやっぱり「真田信繁」は悲劇なんですよね。

彼を主人公に一年間…そして最期は滅びるわけで…。
これをシリアス全面でやってたら…今時視聴者の方が疲弊してしまいますよね。
(昔は一年で『忠臣蔵』とかそういう時代劇は結構あったんですけど、
辛く悲しく…自分も苦手でしたw)

で、
一昔前は、大坂の陣の豊臣方の敗北について、
「圧倒的に徳川に力があった 或は 上手かった」というイメージが、
歴史好きの間にもあったんですが、
現在はいろいろ史料の検証なども進み、
大坂城内部の混沌がかなり分かって来た事もあって、
「豊臣方の内紛というかゴタゴタでの内部崩壊」という感じになってます。

実際、
信繁も義兄(ドラマではまつの夫)宛の書状で、
「大坂城内ではなにかと気を使って大変です」的なものが残ってまして、
武人としての彼が戦略にだけ没頭できない、
政治的な人間関係を処していかないと作戦を立てる事さえ難儀な、
そういう雰囲気が感じられます。

更に、
当時の大坂城にはもの凄い数の牢人がわんわん集っていたわけだし、
戦の騒然とした雰囲気と城内のもの凄いカオスな空気で、
信繁は本当に大変だったのでは…と自分も想像しています。


なので。

このドラマでは、
きりちゃんは殊更最初から、周囲関係無く、
元気っ娘でなくてはならなかったのか〜と今もっと思うし、
最終的に「だからこそ、報われた感も高い」わけだし、
ドラマの信繁の誠実さも(現代的な意味で)ある程度守られる事になる。

なんとなくここに来て、
尺が足りなくなった感がちょっと残念でしたが、
(きりと信繁のシーンはもうちょっと長くても良かったなv)
それでも…「このドラマのヒロインはきり」だって、
こういう事だったんだな…と自分もしみじみしました☆。

(余談ですけれども、
「側室を持つ」って事はなにも色恋とか多情とかでは無い局面も
非常に大きいんですよね。
もともと当時は…恋愛結婚じゃないし(政略結婚だし)、
もう家と家との同盟の道具です、結婚は。
だから…お殿様だの家長だのに何人か側室いても無問題。
現代の倫理観では計れない所だと思います。

しかし、
それも含めて…人間ってホントに興味深いものだなと思うのは、
政略結婚でも仲睦まじい夫婦もいたので、
『真田丸』でいうと…信之兄ちゃんとことか、
宇喜田さん家とか、毛利元就さん家とか)
結果的にせよ、
全てが権謀術数の非情な婚姻では無かった…という点ですね。
そこは人間の世界 という事で)


あとね。

政宗様と小十郎の出番!…良かったスルーされなかったよ(わはははは。
この辺は史実だけど、ドラマだから端折られちゃうかな…とドキドキw。
(でもホントは小十郎は父では無く息子(二代目小十郎)の方なんだけどねw)

で、
最期までネタ武将だったな、政宗様(わははははははは。
(他所様でちらほら「チャラ宗」って書かれてるのを見て…吹いちゃったよw)
歴史的な事を言うと…ずんだ餅はちなみに、当時あったかどうかwww。


でもま、
政宗公はもういいんですよ(ナニがw。
もうね、レッツパ〜リ〜でもへうげ大名でもずんだ餅でも。
もうね、御本人の史実上の正真正銘の壮大無敵なフリーダム加減を考えると…、
「どんないじりも無問題」的な人だと思います、ええwww。


しかし、
今回のドラマを見てても…つらつら考えた事が。

それはね、
伊達政宗が真田信繁の子女をどういう経緯で匿ったか?という点です。

これね、
「真田信繁からの申し出があって片倉家(伊達家)が受けた」という説と、
「戦場でお梅らを乱取りした後、真田の子女だと分かって保護」
という説がありまして。

戦場での乱取り。

十分あり得る話だと思いますが、
(事実、長宗我部家の子女も大坂の陣で伊達家が乱取りらしい)
でも…そうだとすると、
真田大八を一度は「片倉守信」として(片倉姓として)おいて、
後で「真田に復姓」させたりするかな?。
(この時は幕府の詰問があり、
伊達家側は「この子は真田信尹(信繁叔父)の息子である。
いかにも京都で養育していたが…印字打ち(石を投げ合う危険な遊び)の最中、
石に当って死亡した」と嘘の報告を上げて幕府の追求を払いのけています。

そしてこの時守信は、時期尚早として片倉姓に戻り、
後々子孫が「真田」に完全に復姓していますね)

つまり、伊達家では当時の価値観である
「武士の家名、武将の家を守る」という事を重視しているからこそ、
「真田への復姓」に拘ったという事ですよね。
という事は…正にちゃんと「真田信繁からの依頼があった」のでは…と、
自分は思います。

何故なら、子供達の生命を助けるだけなら「片倉姓」でいいわけです。
それで生命は安泰です、寧ろ。
しかし危険を犯しても「真田に復姓」という事、
これは「そういう願い(或は前もっての密約)があったから」では…と思うんですよね。
だって「真田」ですよ…伊達家には力があったとはいえ、
幕府相手に非常に危ない橋を渡る事になるわけです。

で、
「ほとぼりが冷めるまで待つ」=「そこまで粘ってまでの復姓」って、
どれほど家名に拘ったか…という事を思うのですよね。
昌幸お父や信之兄じゃ、そして信繁。
真田的生き方としてそうだったんじゃないかな…。
で…やはりそこは伊達家もちゃんと真田家に応えたと…。


そしてドラマ『真田丸』は、
伊達政宗の胸中、真田信繁の胸中を具体的に描く事はしなかった。
でもそれだからこそ…色々みんなで想像できる余地があり、
なかなか興味深かったです。


最後に来て『真田丸」で個人的に嬉しかったのは、
大坂城五人衆を三谷さんが描いた事。

信繁(幸村)はそれはもう大有名ですよね。
後藤又兵衛は比較的知られている武将ですが、
長宗我部盛親、明石全登、毛利勝永とか…、
歴史好き以外にあんまり知られていない武将達ですから。
(明石全登さんなんて、(一般的にはてるずみだけど)
実は「ホントーは名前をどう読むのが正しいのか」さえ、
諸説ある人ですからねw)

いやホントに…この武将達が全国区になって良かったよ。

(くはっ、
うちのブログでも毛利勝永さんのシリーズやってるけど…、
多忙過ぎて書けなくてトホホです。
でも!最終回の前には終わらせますぜい!)

それから。

上でも少し言及しましたが…伊達政宗公は長宗我部盛親さんとも、
大坂の陣の時に実は縁がありますね。
そして!!なんと…子供が…真田さんとも!!!。

その辺、昔うちのブログでも書いてみたんですが、
一応その関係図を貼ってみます。

sibatageki.jpg


因に、
この図では「長宗我部家の女性が政宗公の側室になった」事を示しているのですが、
この「長宗我部家の女性」が、
a)「長宗我部元親(=盛親の父)の娘で、佐竹蔵人義直と結婚していた阿古姫」説
b)「長宗我部盛親と結婚していた、信親(=盛親の兄)の娘」説

と両方あるんで併記しています。

b)だと「叔父と姪の立場で結婚していた」という事ですね。
しかも…盛親さんの正室です!。
年代的にこちらの説の方が有力かも…。

政宗公がこの女性を「側室にした」理由ですが、
彼女がある程度身分のある女性だという事が分かり、
従ってそれなりの待遇をするためには「側室にする」事が、
女性の地位を守る事になる…という事だと思われます。
(そしてこの女性は後々、能筆で有名だった政宗公に、
「書を書いて下さいと頼んで」いるので(書状が残っている)、
二人の関係は良かったと見受けられます)

(いやいや単純に…美しい女性だったから側室にした!説もありえるけどねw)

更に。

御存知の方も多いと思いますが、
長宗我部信親は元親の嫡男で(盛親は四男)秀吉の九州遠征の時、
戸次川の戦いで戦死したんですよね…。
(しかし…あれも心痛む話なのだ…;;)

でもって、
後に、「(「伊達騒動」で有名な)柴田外記朝意になる男子」は、
この長宗我部の女性の連れ子です。

でもってでもって、
「長宗我部家の女性は政宗公の側室になり」、「娘が生まれ」、
(この娘は柴田外記と異父兄弟ですね)
この娘と「真田大八」が結婚!!!するんですよ……。

という事は…「片倉長七」は長宗我部家と真田家と伊達家の血が!!!
流れている!!!という事に!!!。

いやあ…小説より凄いです、この辺の話は……。

(☆内容はこちら…☆
「竜の兄さん、俺の孫を頼むぜ! byアニキ 〜1〜」
http://ikiikien.seesaa.net/article/142157563.html

「竜の兄さん、俺の孫を頼むぜ! byアニキ 〜2〜」
http://ikiikien.seesaa.net/article/203667713.html


こうして戦国時代は終焉を告げ…時代は泰平の世へと移ろい行くのでございます…。
posted by 夏草 at 17:57| Comment(0) | 大河ドラマ☆真田丸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月22日

逃げて守る

今朝の地震…怖かったですね。
長く揺れたので不安も長引いた…。

やっぱり大切なのは避難です。
今回多くの皆さんが早め早めに避難したそうで…良かったです。

そして今日、宮城県沿岸への津波警報が遅れました。
ここはやはり「自分の感覚を大切に」。
誰が何を言わなくても「これは危ない」と思った時は、
ホントに一目散に逃げてください!!。

日本は自然災害の多い国。
頑張りましょう!!みんなで!!!。
posted by 夏草 at 23:52| Comment(0) | 一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

突撃☆御本人2 〜井伊直政さん〜

シリーズ第二弾でござる!。

話は実は、今年の夏に遡ります。
(今年は自分、ものっっっそ出張の多い一年でして、
日本の北から南から…かなり駆け巡ったんですが…)
また東海地方にも行って、
そして初めて!岡崎城へ行って来ました!!。


おおーーーーーーーーーー。
これこそ権現様のお城!!。

徳川(松平)家と岡崎城の関わりといえば。
そもそも、権現様の祖父:松平清康が入ったのが最初で、
竹千代君もここで生まれ、
一度今川に取られるも…桶狭間の戦い以降取り戻し、
そして、
権現様の嫡男:信康さんの悲劇もここで…。

でも行ってみたら…ホントにこのお城はすっかり街中。
堀とか石垣とかは残ってて、天守も1959年に再建されてるんですけども、
(岡崎城公園として綺麗に整備されているからだと思うんですが)
傍らに凄いタワーマンションとかも建ってて、
世が世なら…お殿様ン家を覗く事になるな〜…なんて面白かったw。

そう、その岡崎城公園なんですけども。
いろんなものがあります。
本多忠勝の像とか、家康公?が舞う仕掛け時計とか。

で…二の丸の辺をブラブラしてたら。
やや!…なんか…凄い渋いオーラの方が!、
あちらの方からやって来るじゃありませんか!。


「あのお…すみません、どちら様でしょうか?。」
「榊原康政でござる!。」

201607okazaki02.jpg


おおおーーー!、
こちらはグレート家康公「葵」武将隊、
徳川四天王の一人、榊原さん!!!。

この方のお姿もいぶし銀ですが☆、
(この日はすんごい暑かったんですけど…この衣装で奮戦してらっさる)
史実の榊原康政も渋い三河武士という感じですよね。

恐らく一番有名な、徳川秀忠の関ヶ原遅参の話の時も、
(最近の解釈では、
真田の上田城で足止めくらったという事と、
実はその後、
凄い悪天候でなかなか進軍できなかったという事での遅刻、
という事らしいですね)
ビシっと権現様に言うべき事を言ったんでしょうね…。



話を「葵」武将隊に戻しますと、
この日は家康公はお城には居ないみたいで、
こちらの三人の方達が登城中でした☆。


左から…、
井伊直政さん、酒井忠次さん、そして榊原康政さん。
(徳川四天王の3/4の皆さんですねww)

201607okazaki01.jpg


酒井忠次さんも暑そう。
史実より大柄な印象ですよね、なんて言ってみたら、
「そうなんじゃ…現世では少しがっちりしたんじゃ」な答えがw。

で!、
井伊直政さんにお会いしたもので…、
ここでも御本人に聞いてみたかった事を聞いてみました!。

「来年の大河、直政さんは主役(の一人)ですよね!」

すると直政さんは、
「それが…ちょっと微妙なんじゃ。
直虎殿は、それがしとちょっと年齢が離れているので、
それがしがやっと元服した頃に亡くなってしまうのでな。」

酒井さん「だけどもう(直政の)キャストも発表されているからの」
  私 「え?誰ですか?」
直政さん「菅田将暉さんらしい」
  私 「ええーーあの俳優さんですよね、最近ブレイクした感じの。
     それじゃ直政さんも主役ですよ完全に。
     彼は…auのcmで鬼ちゃんも演ってる人でしょ?。」
直政さん「そうじゃのお……。
     どちらも鬼という事で。」

………くはっっっっ一本取られたぜwwwwwww。
(井伊の赤鬼とauの鬼ちゃん繋がりって事で…^^;)


……つか、またキサマはなんちゅう事を訊いてるだよww。
ホント熱中症になりそうな炎天下で、
こんな話に答えて下さった三天皇の皆さん、
ホントにありがとうございました☆☆☆。

大河ドラマは直虎さんが一番の主役なんで、
直政さんは子供時代しか描かれないのか…と思っていたんだけど、
それじゃ元服くらいまではやるんだね、ドラマ。

史実上の井伊直政の初陣は、普通に十代だったけど、
元服は二十歳そこそこまでずれ込んだ筈なので、
ブレイク中の若い俳優さんを持ってきたのかな。


それにしても(当たり前かもしらんが、
どこへ行っても武将隊の皆さんは、凄く自分史&国の歴史を御存知。
史実の話をするのも面白いですね。


最後になりましたが、
このお城公園にある「三河武士のやかた家康館」も外せません。

特に凄かったのが…「決戦・関ヶ原」のジオラマ!。
これが色々と動くんですよ…各武将の隊とか!。
凄い見入っちゃいました!!凄く楽しかった。
これはまた見たいくらいです☆。

という事で。

このシリーズ、
またどこかのお城で武将にお会いしたら…、
突撃?!してみたいと思います☆。
posted by 夏草 at 00:34| Comment(0) | 武将隊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月19日

突撃☆御本人1 〜片倉小十郎重綱(二代目小十郎)さん〜

突然ですが。

いやあ…ついに!
アノお二人にお目にかかる事ができました。

そう、それは今をときめく
真田左衛門佐信繁さんと片倉小十郎重綱さんです!!!。

sendai04.jpg


先日仕事で故郷:仙台に帰った時に、仙台城趾にまた登ってみたら、
伊達武将隊の皆さんが…なんとこの組み合わせでいらっしゃいまして。
え?二代目小十郎さんはまだしも、何故左衛門佐さんが仙台城にって?。
世の中真田人気だからって、便乗するのも大概にしろいって?。

いやいや…戯れ言をすみませんwwもう皆さんおなじみですよね。
そうなんです…史実的にはアノ話。


大坂の陣の時、
息子娘を大坂城に連れて来ていた信繁。
道明寺口の戦いで相見えた伊達軍、
その先鋒が小十郎重綱(二代目小十郎)。
信繁は伊達との戦いの後に、
徳川本陣を急襲し最期を迎える事になるのだが、
その前に(一説には前夜)次男:大八と娘達を重綱に託した…と。
(長男:大助はやはり…お父さんと運命を共にしたんですね…)

その後、
伊達家と片倉家は徳川幕府の追求を払いのけ、
真田家の子供達を片倉の家に入れ、
真田大八を片倉守信として守りきり、
もう大丈夫となった後年、
守信の息子:辰信の時に真田姓に復姓させた。
因に、長女:阿梅は、小十郎重綱の後室となっている。

干戈を交えた敵に我が子の命を預け、
また預けられた方も命がけで敵の子女を守った。
そういう数奇な運命で結ばれた片倉家と真田家。

(当ブログでも以前、伊達家、片倉家、真田家と、
長宗我部元親アニキとの繋がりも絡め、こういうの書きましたが…↓
『「竜の兄さん、俺の孫を頼むぜ!」 byアニキ  〜2〜』
http://ikiikien.seesaa.net/article/203667713.html )


なので!、
真田信繁さんは片倉重綱さんの岳父って事で、
二人は義理父子って事で、
伊達武将隊に信繁さん重綱さんが数年前現れた時から、
これは凄い!お二人の写真撮れたらな〜ってずっと思ってまして。


とゆ事で。

カメラを向けると…ポーズ決めて下さったんですけれども!、
(迫力ありました☆)
実はこの画、ホームビデオで撮った元々は動画で、
ブログに映像乗せるのに、
動画ファイルを小さくするソフト持って無くて(トホホ、
今はすみません、そんな訳で連射写真を貼る事にします^^;。
(ゆくゆくは加工して動画貼りたいっす☆)

ではでは、
貴重なツーショット行ってみます!。
(因に背景は現代の仙台市。青葉城趾本丸からの眺めでございます!)


「それでは…行くぞ!良いかな?」
sendai01.jpg


「ずんだ…」
sendai02.jpg


「…餅!」
sendai03.jpg


という事で。

……カッコいいですね!!!。
お二人とも決まってます!!。

重綱さんはものっそ顔ちっちゃ!で、
目力がハンパ無く凛々しくジェントルな若武者。
信繁さんはお義父さん…というにはやはり若過ぎな、
(歴史的には48歳だけど、まあそれはねwww)、
男っぽい、赤備えがお似合いの岳父さん。
寒い中だったんですけれども、ホントにありがとうございました!!。



ホントにね、
史実的にはあり得ないツーショット…、
自分的に今更ながら…なんか…すんごい感慨深いなあw。
今って…平成って平和な時代で良かった!!!。


……んーと。

そうじゃなくて!、

それだけじゃなくて!www、

今回のブログのタイトルは「突撃☆御本人」な訳ですよ!、
訊いてみたかった事を訊いてみたです!御本人に!!。


では!重綱さんに直撃!
「果たして『真田丸』には重綱さんと左衛門佐さんの話は出るのか??」

重綱さんはうーんとちょっと考え、こう答えて下さった。
「先週の段階では親父殿(小十郎景綱=初代小十郎)がドラマに出ていたんじゃが、
史実だと当時、親父殿はもう病床にあり、
本来ならわし(=重綱)が大坂には出陣しているハズ。

しかしまだわしのキャストは無い。
舅殿の娘息子(=阿梅&大八)は、親父殿と御屋形様(=伊達政宗)が引き取る…、
という形になるのではないかと思う。」


ええー残念だなあ…。
重綱さんは史実的にも勇将でイケメンの誉高いのになw。

つか!、
キサマはナニを質問してるんだよwww。
訊かれた方も困っちゃうよねwホントにすみません^^;。



まあでも…やっぱり『真田丸』は西方の話が中心だし、
どうも「コスパがいい大河」とか言われてるんで…、
キャストをこれ以上は増やさないのかもしれないし、
景綱さんと重綱さんの所を描く時間も無い…という所なのかな。


さあさあ!どうなるんでしょうかね!大ラス『真田丸』!。
史実のように子女を伊達家は託されるんでしょうか!!。

最終的には信繁さんは亡くなる訳だから悲劇的なんですけれども…、
子供達に未来を開き託す、という道も残した所、
「決して諦めない真田」という感じがビシビシして、
個人的には好きなのですが!!!。

そして。

皆さん、仙台城趾にお越しの際は…、
是非伊達武将隊の皆さんを探してみて♪。
色々仙台の話を教えてくれて頼り甲斐があるし、
一緒に写真撮るのって!旅の良い思い出になるし☆。


☆名前について☆
この記事の中で「重綱」さん表記になってるのは、
伊達武将隊の方でお名前が「重綱」さんなので。
二代目小十郎さんは元々「重綱」だったけど、←父「景綱」さんからの偏諱(へんき)
後に、徳川家綱に遠慮して「重長」に改名。←将軍に遠慮するのはよくある例
因にうちのタグは「重長」さんになっとります
posted by 夏草 at 23:20| Comment(0) | 武将隊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月22日

災害の国に生きる

鳥取の大地震…余震が続いているそうですね。
恐ろしいし危険ですが…どうか皆さん、お気を強く…。

日本は自然災害の国。
特に東日本大震災からこちらは…もう日本列島は、
そういうモードに入ってしまったという感じですね。
私の実家も東日本大震災の被災地にあるので、
その後起こる地震が本当にひとごとには思えません。

自然の脅威と恵みと共に生きていく。
すごく大変だけど…我々の宿命とも言えるのかな…。

私たちも自然の一部として…共に生きて生きましょう。
…共に…諦めずに。
posted by 夏草 at 23:17| Comment(0) | 一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

19日22時台、21日8時台に本拠地:小政サイトに拍手下さった皆様

休業中のサイトでございますが、
御覧いただき有り難いかぎりでございます。

こちらのブログでは、まだまだ歴史のよもやまを
ヨロヨロ書いて行くつもりですが、
またいつか小政漫画を復活させたいという野望も
実は持っております…(野望が空回りでトホホでございます…。

拍手ありがとうございました☆。

posted by 夏草 at 23:11| Comment(0) | 拍手御礼 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月28日

この世の歌姫と3 〜宇多田ヒカル〜

メジャーな彼女。
人気者の彼女。
カッコいい曲作る彼女。

……でもなんだか…いつも寂しそうで、
聞いててすごく気になった。
素敵な音楽だけど泣きの音楽。
鋭いけど胸に痛い詩。

その原因、
彼女の背中に張り付いた孤独は、
もしかしたら……独特の親子関係から来るものなのか…。

私自身も色々ある実両親を持っていたため、
ちょっとそんな想像を勝手にしていた。
渦中にあると傷つくこと、無視しなければならないこと、
考え過ぎること、受け止め過ぎること、
想像することしないこと…。
そんなことごとを勝手に。


そして。

半分引退のような宣言から月日が過ぎ、
朝ドラの主題歌を聞いた。

彼女の泣きの歌がゆっくりと暖かい声になっていた。
お母さんになったって聞いたっけ。
彼女の見ている景色は変わったようだ。

そしてでも…相変わらず少し哀調なのだけれど…それは生きている事の哀しみ。
生きている証の哀しみ。



新しいアルバム。
通して聞いてじんとした。
歌が上手いとか詩が良いとか曲が素敵とか…、
それは確かに…それはそう。

だけどそんなんじゃない。
そんなんじゃないものが波のように押し寄せて。
一人の人の物語が(それは同時に同時代の沢山の人の物語となって)
まざまざと広がって。
……胸がキュッとなった。


歌って凄い。
音楽って凄い。
宇多田ヒカル。
あなたはやっぱり素晴らしい歌姫。

生きていくって悲しくておかしくて…辛くて美しくて…素晴らしい。
凄いものに出会うといつもそう思う。

これからもあなたの人生を聞かせて欲しい。
タグ:歌姫
posted by 夏草 at 23:06| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする