2010年08月31日

ゆくゆくは…前田のもんだ! by利家

大典太光世(おおてんたみつよ)。
アニバサ弐の第八回で、松永がヒデヨシから貰ってた刀!です。

いや〜ここで刀の話をちょと書いてた時だったので、
なんかもうタイムリ〜♪と思って、今日書く事にしましたv。

これは…実在する名刀らしい。
筑後国三池の典太光世という名工の鍛えた一振という事で。
別名「名物大典太」と称されているものだそうです。
(現在は前田育徳会という所が持っているそうで。
こちらは前田家の宝を管理していて、金沢美術館に展示スペースがあるそうなんで、
大典太も実際見られるのかも……。)

この刀、
元々足利将軍家の宝だったのが、豊臣秀吉の手に渡り、
(秀吉は刀剣マニアだったもんね…)、
それが直接前田利家に渡ったとも、
一度徳川家康に渡ってから、
秀忠の時代に前田家に下賜されたとも言われているそうで。

ここでは「家康経由説」をちょと書いてみますね。

家康公も刀は好きだったらしくて、
この「大典太」の柄を握って亡くなった…という逸話がありまする。
しかもその前に、
瀕死の状態から目覚めた神君、御腰物番(おこしものばん)を呼び出し、
「大典太で罪人を試して参れ(=罪人を試し斬りして来い)」と命じたと。
刀って…昔からどうも罪人で試し切りされてたらしいです…。

で、
死刑囚を斬って帰った御腰物番が、
「水も留まらぬ切味でございました!」と言うと、
家康公は両手で大典太を握り「これにて天下鎮護の宝剣とせん!」と
言ったそうで…。

そんな、家康公の執念をもこもる大典太、
前田家の姫が病気になった時、これを拝借したところ…、
病がたちどころに良くなった…らしい。
そんなパワーが宿った刀を前田家は後に拝領したそうな。

だけど、実はコレ…何回も前田家でこんな事があったらしい。
つまり前田利長(利家と書いてるトコもあるんですが、
年代的に言って利長か利常ではないかと)が、
ホントにホントに大典太が欲しくて、
何回も姫は病気になり、何回も刀を拝借したと(笑。
ついに、
二代将軍:秀忠も根負けして、刀を前田に贈った…というのが、
ホントの所だとか…(笑。

他には、
この大典太をしまっていた蔵の上に止まった鳥が、
次々バタバタと死んだ…という逸話もあるんだそうで、
つまり…、
放つ「気」だけで「病気や鳥も斬れる刀」として有名だった…、
という事でしょうか。

いや…ここでふと……考えてみるとね、
そんな刀が松永に渡った訳ですよ、アニバサ弐では。
ちょとヤバくないですか?。
だって松永ンとこには一杯火薬あるよ?。
大典太の気で発火したら!!(わっはっはっは。

いやきっと大丈夫。
松永さんは永遠に不滅です…なんとなく(笑。
posted by 夏草 at 10:27| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月27日

強く危く…美しく3

さて。
名刀には必ず逸話がつきものでございます。

自分的に一番好きな…というか、
心に残っている刀の逸話としては、
渡辺綱が一条戻橋で鬼の手を切り落とした、
あの「髭切(鬼の腕を落としてからは「鬼切」)の太刀」のお話で。

源頼光四天王の一人、渡辺綱が夜中に一条戻橋のたもとを通りかかると、
美しい女が佇んでいた。
綱は、こんな夜中に女一人とは怪しいと思ったが、
「夜も更けて恐ろしいので家まで送って欲しい」と女が言うので、
しょうがあるまいと馬に乗せた。
すると!女の姿はたちまち鬼になり、綱の髪をつかむと愛宕山方面へ飛んだ。
咄嗟に綱は鬼の腕を太刀で切り落とし、逃げることができた。
切り落とした腕は綱の屋敷に置かれたが、
綱の義母に化けた鬼に取り返されたという……。

戦国時代より少し前の…御伽話的なエピで、
絵が浮かんで…好きなのです。
因にこの刀は後に最上家(政宗様の伯父さん家)所蔵となり、
現在は北野天満宮が持っているらしい。

元々「髭切」の名は、
「罪人を切ったら髭まで切れた」ので「髭切」だそうですが、
こういうパターン、
「人を斬ったら○○まで斬れたから、○切」という名前は多いようで。


で、
伊達家に関する刀にも、そういうのがあるらしい。
「燭台切光忠」
曰く、伊達政宗がこの刀で家臣を誅した時、
そばにあった燭台迄もろともに切れたことが由来。

これ、
政宗公じゃなくて「信長公の愛刀」って書かれている事も多いんですが、
本当はどうなんでしょう?。
自分の持ってる刀剣の本では「政宗説」なんですが…。

それから、
伊達政宗の愛刀って事で調べてたら…!、
「大倶利伽羅広光」というものがあるらしい!!。
曰く、伊達家伝来の伝相州廣光の太刀。
名の由来は…見事な倶利伽羅竜が彫られていることから。

くっ俱利伽羅竜!!。
(いやもう…その刀身を見てみたいな!!!)
竜で剣となると…不動明王の持つ剣がそうですよね。
剣に龍が巻き付いてるヤツ。

そういえば…梵天丸様も言ってたな。
(内なる心は慈悲深い仏心だが、
外面は恐ろしい顔で、世の悪心を調伏する明王を見て)
「梵天丸もかくありたい」 ←ナツカシ〜〜〜

そうか。
政宗公はホントに不動明王→龍→倶利伽藍と…、
イメージ的にこっち方面(やや893的な意味で)と、
関連性が無くも…無かったのか!!!!。

つか、なんかちょと…出来過ぎ!!!(大受け。
↑いやいや、それは現代の目線だから…(笑。
posted by 夏草 at 11:37| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月26日

強く危く…美しく2

引き続き、日本の刀の話題を。

今日は『刀と真剣勝負』という渡辺誠さんの本の中から、
水心子正秀(すいしんしまさひで)という刀鍛冶の言葉なども孫引きしつつ、
お送りいたしまする!。

武器としての日本刀に求められているものはナニか。
それは…「折れず、曲がらず、よく斬れる」という事だと。
これをハッキリ提唱したのは、その水心子先生なんですけども、
この人は江戸後期の人物で、山形六万石の藩主:秋元但馬守志朝のお抱え刀工という、
非常に恵まれた経歴で、しかも刀工としてもかなりのインテリだったそうで。

日本刀の歴史は、遡れば遠く古代にも到達する長いものですが、
この水心子先生は当時生きていた前時代の名工の子孫を訪ねては、
その技法・秘伝を学び、そこから研鑽を積んで独自の刀作りを展開し、
更に著述して広く公開、また大勢の弟子も育てた…という、
大変な先生だったらしい。

で、その明晰で行動力のある水心子先生が、
「刀は折れず、曲がらず、よく斬れる事が肝心」と説いたからには、
刀って「折れる、曲がる、斬れない」って事が、
実は結構あったって事ですよね。

この三つの中でも一番困るのは…「折れる」事らしい。
というのも、
刀というと我々が一般的にイメージするのは、
その「シャープな斬れ味」という事になろうかと思いますが、
元来は実はそんなスマートなモンじゃなくて、
刀って「相手をたたっ斬る」道具、
つまり…力一杯バッサリって感じの使い方をする、
荒っぽい武器だったらしいのです。
所謂「刀」を表す言葉に「打刀(うちがたな)」とあるのも、
「打ち斬る」という意味だという説もある程で。


だから、折れてしまうと戦えなくなるので、
「折れるくらいなら、刃こぼれしたり曲がったりする方がマシ」と、
水心子先生は書いているらしいし、
切れ味も言ってしまえば「包丁、鉈(なた)程度でも可」だと!。
えーーーそんなんでいいんですか?。
ちうか…凄い荒々しいモンなんですね、刀って(笑。

そういえば…、
水心子先生の時代より前の戦国時代では、
接近戦になると、刀で斬るよりも「刺す」って戦法が多かったって話だから、
やっぱり刀は折れると困りますね。


(あ!そういえば…アニバサ弐の政宗様の六爪の中の一振、
小十郎に渡った刀は折れてたよね!!。おいたわしや…。)



しかし、ここで問題が。
「折れない刀」ってどういう事かっていうと、
「しなやかさがある」…つまりは…「鋼が柔らかい」って事らしい。
「柳に風折れ無し」って言うけど、
剛直なものはポッキリ行くけど、しなるものは折れにくい。

しかししかし。
「柔らかい」って事は「曲がる」って事で…、
「折れない刀」は「曲がり易い刀」とも言えるそうで、
しかも柔らかいから「斬れない刀」になるんだそうで。

そうなんですよ!。
ナニが凄いって…日本の刀って、
こういうとても矛盾したニーズに見事応えている刀なんだそうです!!。

それもこれも、
素材の選びと刀の製法に秘密があるらしいんですが、
ここン所は…読んでても難しい!!短く説明できない!!(わっはっは。

ものっっっっっそ簡単に言うと、
刀の素材である日本の玉鋼(たまはがね)の品質が、
世界的に見てもとても高いという事、
その玉鋼は、
所謂「タタラ」と呼ばれる日本古来の製鉄技術で生産されるという事、
そしてそして、その玉鋼を鍛える刀鍛冶の人達の、
文字通り心血を注いだ行程こそが、奇跡のような刀を生み出しているという事。

「タタラ吹き」とは、本当に唯一日本だけでやっている製法だそうで、
明治期以降に導入されたヨーロッパ式の製鉄法でも、
「タタラ吹き」で得られる程純度の高い玉鋼を作る事は、
いまだ不可能らしい。
(そうそう『もののけ姫』で、
えぼし御前が営んでいた独立共同体が鉄砲を作ってましたけど…、
あそこで行われてたのって、タタラ吹きじゃなかったですか?。)

刀を鍛える作業って言うのも、
確か何日間かぶっ通しで鋼を熱したり叩いたり、
その作業中全く休めないんですよね。
しかも、
刀工は一切の不浄を断って、身を清めてからの仕事だったハズ。
(そうなると女人禁制です、多分)
だからもう本当に「全身全霊をかけて、
心身共に鉄と向き合う」という感じだったんですね…。

刀をつかうもののふも漢なら、
それを作る人々の心も漢。

くはっ!!!。
やっぱり、そんな所も「刀は武士の魂」なのかも…。
posted by 夏草 at 11:56| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする