2012年03月30日

甘いものには目が無いのじゃ!

最近オイラ、
仕事でストレスフルな時間が多いので(わははw、今日は甘いものの話ですv。

桃山時代、
一体どんなお菓子が食べられていたのか?。

この項のソースは、
アニメ『へうげもの』の後にやってた五分間番組、
『へうげもの 名品名席』の第八回『茶菓子と器の世界』より。


お菓子を再現してるのは大日本茶道学会副会長の方、
そして、
それを味わうのは、この枠の御亭主、
「いい仕事してるねえ〜♪」でお馴染みの中島誠之助さん。



千利休が秀吉に出し(「千利休百会記」より)、
桃山時代を代表するお菓子として番組で紹介されていたのは…。

・焼き栗
・煎りかや
・ふのやき

桃山時代、
砂糖は貴重&稀少な輸入品だったため、
通常は自然の甘みを求める他無かったと。

そんな訳で。

焼き栗は…焼き栗ですよねw。
中島さんが食べてみて「甘みが後に残る」と言ってた。
果物で他に…よく出てくるのは干柿。
栗を焼いたり、柿を干したりすると…甘みが増すもんね♪。
しかし、
干柿の方は「茶道のお菓子」としては…出されたんだろうか?。
実は甘党のノブ様がよく食べてるイメージがあるんだけど、
そこからいくと…干柿は日常のお菓子だったのかな?と。
焼き栗の方がもしかして、上等だったのかなあ?。


次の「煎りかや」は、
かやの木の実を煎ったもので、これは古代から食べられていたらしい。
日本古来のナッツという紹介がなされていましたが、
画的にも、黄色いナッツって感じです。
中島さんは「これは甘い。
ビスケットみたいで幾らでも食べられる。」と言ってました。


そして。
特筆すべきは「ふのやき」。
利休居士が茶会の度に焼いてふるまったという、特別のお菓子。

これはね…画的になんていうか、
クレープを焼いて、その上に薄く味噌を伸ばして、くるっと巻いた感じw。
クレープ生地は小麦粉を溶いて伸ばしたもの、らしい。
味覚的には「味噌」らしいw(そら味噌ですからww)。
食べてみた事がないのでw想像ですけど…、
しょっぱい味噌を薄く塗った小麦粉の皮が、ほんのり甘く感じられる…、
それが「甘い」という事だったのでは?。


当時確か、
ノブ様がポルトガル人宣教師からだったと思うんだけど、
金平糖を献上されて、えらく喜んだって逸話がありますよね。

上の三つの自然で仄かな甘みから言ったら、
金平糖の砂糖の味は…ホントに衝撃的な甘さだったんじゃないかなあ。
甘党のノブ様、これには参ったんじゃないかwww。

でも、
現代人のオイラ達から見たら、
焼き栗やらかやの実やらふのやきってものの方が、
新鮮な感じですよね。
ちょと食べてみたいよね♪。

というか。
お茶の前に「甘いものを」食べようと思った、
当時の日本人の味覚の鋭さって…凄いですねw。

当時は飢餓も頻発したし、
日本は決して食べ物に恵まれた土地柄では無かったんだけど、
一方ではこんな風に…、
現在にも通じる一種「国民的食いしん坊」の血が既に…w。
タグ:甘いもの
posted by 夏草 at 01:27| Comment(0) | 食べ物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月17日

牛肉の味噌漬け?…違います、これは薬です

…と言って。
彦根藩:井伊家では代々、
自家製牛肉の味噌漬け(粕漬け、干し肉なども)を、
将軍様とかいろんな大名とかに贈答していたらしい。

なんの話かって?。
ふふふふふ…昨日、高山右近が牛肉食べた逸話を書いてて、
思い出したんですよね、彦根藩と牛肉の話を。

今日はそゆ訳で、サムライと牛肉、第二弾。



皆さん。
日本には今、
松坂牛を筆頭に、
沢山のご当地ブランド牛さんが居る訳ですが、
それでは、
日本で一番古いブランド牛は…なんでしょう?。

それが!。
一説には、彦根藩の近江牛だそうで…。
ここからは、
オイラが一昨年、彦根城へ行った時初めて知った話です。


彦根藩…滋賀県でなんで牛???…と思うたら。
彦根藩は代々、
幕府へ陣太鼓用の牛皮を献上していたらしいんですよね。


昨日もちょと書きましたが、
当時は仏教界が大きな力を持っていた時代なので、
仏教的な不殺生の戒で、牛とか豚とかは食べないし、
彦根藩はその意味で唯一、牛の屠殺が公式に認められていたのだとか。

でもさ。
皮取ったら…肉が残っちゃうでしょ。
そのうちそれを利用する事を考える者が出て、
(三代藩主:直澄の家臣の花木伝衛門という人だそうで)、
中国の名高い薬学本『本草綱目』を読み、
そこから考えて牛肉を工夫して、
『反本丸(へんぽんがん)』という名の「薬」として世に出したらしい。

世に出したって言っても、
当時のモラル的に、おおっぴらに売る訳にはいかない。
だけど、
非常に密かに…評判は高まっていったらしいwww。
江戸の医師たちも、
流石に滋養強壮に良いという事で、
これを求めた…という話もあるそうで。
だけど後年、
彦根藩は市井にこれが出回るのを禁じ、もっぱら、
彦根藩の社交のために贈答品として使われたらしいんですが、

もうね、そんな訳で、
この彦根藩の”お薬”ね、大人気だったらしいですよ。
井伊さん家から送られてくるのが、
大名や幕府高官の皆さん、とても待ち遠しかったらしいwww。
そらそうですよね!!牛肉の味噌漬けv…美味しいもんね!!!w。


江戸で彦根の”お薬”が、
大名の間で密かにブームになって行く頃って、
実はアノ!、
「生類哀れみの令』の五代将軍:綱吉の頃だったらしいんだけど、
まあ「薬だから?!」製造中止というおふれも出なかったらしい。
これはもしかして…もう仕方無かったんでしょうねw、ファンが多いから。


ところが。
大変な事が起こります。

幕末、後の幕府大老:井伊直弼さんが藩主になって以来、
彦根藩では牛の屠殺が禁じられ、
結果、「お薬」は作られなくなってしまったそうなんです。

井伊直弼さんってなんでも…井伊家の十四男なんだそうで!!!。
じゅうよんなんって…もう殆ど、家なんか継げないし、
そゆ意味で直弼さんも不遇の前半生を余儀なくされていた訳なのですが、
運が巡ったというか、時の要請だったというか、
これが!!!藩主にはなっちゃうし、大老にもなっちゃうんですよね。

直弼さんはそれまでの、
「自分の心の支えになってくれた信仰=仏教」の教えに、
更に深く共感して…牛を殺生しないように!となったらしい。

だがしかし。

それって…彦根藩の「お薬」の大好きな皆さんにとっては、
ホントに大打撃ですよねw。
その、熱心なファンの一人が…なんと9代水戸藩主:徳川斉昭さん。
待てど暮らせど…彦根からの御進物が今年は来ない!!。
その次の年もその次も……。
あああーーーーー大好きなアレはどうした!!。
どうなってるんだ…。


コレ読んでオイラも「ああーーーっ」てなりましたよwww。
だってね、
後の「桜田門外の変」で、井伊直弼は水戸藩士に斬られるんですよね。
これって…やっぱ…、
牛肉味噌漬けの遺恨だったんじゃないか…って、
勝手に妄想してしまいましたwww(そんな訳ないだろ!www。


いやいや。
オイラとおんなじ事考えた人って、ちゃんと過去にも居たらしいですw。
そんな人達がまことしやかに、
「井伊直弼は水戸藩に牛肉で恨まれたんだよ。
だから桜田門の所で…」と、マジ噂したらしいです!!!!!。


いやいや…そんな事は無いだろう。
いや…でもまさか…そんな…(ぇ。
真相は直弼さんと斉昭さんしか知らないですねw。
(いや二人とも知らないかもwww)




牛肉の話題の最後に…また余談で恐縮ですが。

彦根といえば…「埋れ木」というお菓子も有名ですよね。
直弼さんが不遇な身をひがまず、
切磋琢磨したという「埋木舎」の名前をとったお菓子という事ですが、
これが…美味しいんですよね…。

甘い甘いお菓子。
緑色がとても綺麗。

厳しく自分を律した井伊直弼さんの生活では、
きっとこんなに甘くて美味しいお菓子は出なかったんだろうな…と思いつつ、
彦根というと…、
近江牛もこの「埋れ木」も大好きなオイラでございますw。
posted by 夏草 at 23:48| Comment(0) | 食べ物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月16日

戦場でハラヘリヘリハラwww

自分、食べるの大好きなんですよね。
食い意地張ってますwww。

なので今夜も、
戦国武将の食べたものの話をばw。

今日のテーマは…牛肉!!。

仏教の影響で戦国期には、
大っぴらな肉食の習慣は、日本には無かったようなんですが、
(狩猟の獲物は食べてたらしいけど)、
武将で牛肉を食べていた…という人は、
そうです、高山右近ですよね。

高山右近といえば、
荒木村重の家臣だった所から…歴史の表舞台に出て来る感のある、
利休七哲の一人にして、
キリシタン大名:洗礼名ジュストを持つ人ですよね。

ジュストって…justice(正義)ですよね。
いつもこの洗礼名を見ると、
ホントに高山右近の一本気で一途な人生を、
この名が上手く表現している!とさえ思います。

彼は、
個人的に気になって、長年マークしてる人の一人なんですが、
なかなか…分んないんですよね、意外と実像は。
だけど…そこもなんかイイんですよねwww。

因に、
蒲生氏郷(洗礼名:レオン)や、
細川忠興正室:玉(洗礼名:ガラシャ)は、
右近の影響で洗礼を受けた…らしいです。
氏郷や忠興も利休七哲ですもんね。


さて。
本項のソースは…、
『武士のメシ(宝島社)』、
『加賀百万石異聞:高山右近(北國新聞社)』、
その他いろいろから…。


高山右近が牛を食べた…というと…、
小田原の役の時が有名ですよね。
そう、この時も氏郷と忠興が一緒です。
『へうげもの』にも出てきますねw。

小田原城を包囲してから膠着状態になり、
ぶらぶらしてた氏郷や忠興…かどうかは分りませんがw、
ともかく右近の陣で牛肉を食べたらしい。

高山右近はキリスト教徒なので(=仏教徒で無い)、
牛なんか食べてもへっちゃらだったとは思うんですけど、
氏郷と忠興は…流石好奇心が強いというのか、
単に腹が減ってたのかw…、
一説には牛鍋みたいなものを食したと。

牛肉って、
当時の日本人にとって、
ケモノ臭く無かったんかなあ…と思ったりするんですが、
右近の牛鍋の材料には、ゴボウやネギが入ってたという話もあり、
味噌味だったというので、
それはもう!!カンペキにちゃんと美味い牛鍋ですよねwww。

余談ですが、
ゴボウってヤツは…なんであんなに美味いかなwww。
肉と一緒に炊くとホントに美味いですよね。
しかも、
肉の方も臭みは取れるし、味は深くなるし…、
本当にゴボウは偉大だ!!!www。

でもさ。
外国人にはゴボウはホントゲテモノに見えるらしい。

時は下って、第二次大戦中、
日本軍の捕虜になった英国軍人たちが、戦後、
「日本人に木の根を食べさせられた!!。
あんなの人間の食べるモンじゃねえ!!。
捕虜虐待だ!!!!!!(怒)。」って、
日本の蛮行を糾弾した事がありますけど…、
その木の根って…ゴボウだったらしいという話も。

まあね、
ゴボウは木の根っぽいですけどもwww。
そして虐待じゃなくて、日本人も食べるモンなんですけど、
外国の人からみたら…イヤだっただろうね……。

そうそう、
でも最近見たニュースだと、
日本に留学経験のあるフランス人シェフが、
ゴボウと肉と炊くと美味いって分って、
母国に帰ってもレストランでゴボウ出してると…。
牛蒡は外国だと薬草として、葉っぱを使うらしいですが。

あ!牛肉の話がなんだかゴボウの話になっちゃったwww。

ま、いいか。
だってゴボウって「牛蒡」って書く訳で、
牛ってついてるから…いいんじゃないかってwww(ぇ。
posted by 夏草 at 23:57| Comment(0) | 食べ物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする