2012年08月22日

殿!!御奉公仕る!1 〜小梁川家〜

留守政景叔父さんやら久保姫の話からスピンオフ!。
今回は…伊達家子飼の家臣のお話など。

豊臣秀吉や徳川家康の例なんか見ると…、
やっぱり代々仕えてくれる家臣が居るのと居ないとでは、
ホントに全然違うんだな…と思うです。

その点、伊達さんにもかなり、
「ずっと殿について行きます!!」な家もあったように見えます。
そんな主従のよもやまを…。


戦国時代より前、
後々の譜代の家臣団というものが、
どういう風に形成されていったかというと。

それは主家の息子を家臣の家の嗣子に入れて、
(つまり、主家の「血」を家臣の家に入れて)、
主家との結束を固めていった…というのがよくある手法だったらしい。

伊達さんで言うと…、
例の伊達稙宗さんがこれを乱発し、
その息子晴宗さんも踏襲したのが有名ですが、
実際はそれより前から、この方法は行われていて。

晴宗の三女の嫁いだ小梁川(こやながわ)家も、
元々は伊達家から出た家(伊達11代当主持宗の三男:小梁川盛宗が祖)で。
(つまり、ルーツが一緒な上、主家の血が入る事で、
伊達家と小梁川家の結びつきは強化されていった…と)


故に、
小梁川家は伊達家一門として名前を良く見ますね。

まず。
家の祖である盛宗の子供に、
小梁川親朝、宗朝兄弟がいて、伊達稙宗の重臣だったらしい。
永正(えいしょう)11年(1514)2月15日、伊達稙宗は最上家の長谷堂城を攻める。
合戦に勝利した稙宗は小梁川親朝に長谷堂城を守らせた

弟の小梁川宗朝(小梁川宗明と同一人物か)は、
伊達家の内紛である「天文の内訌(てんぶんのないこう)」の時に、
伊達晴宗(政宗公祖父)が実父:稙宗(政宗公の曾祖父)を、
桑折西山城(現福島県桑折町)に幽閉した時、これを救出したそうで、
稙宗死去の際には殉死しているそうな。

で…、
晴宗三女の嫁いだ小梁川盛宗は、
ややこしいんですけど…小梁川家の祖と同名異人。
こちらは持宗さんの曾孫らしい。
つまり、
親朝さんの息子が親宗さんで、その息子がこの盛宗さんだと。
しかも、
どうも親宗と盛宗は伊達晴宗の方についたらしい。

またややこしいです!!www。
一応図なんて作ってみました↓。
でもさ、ホントこんな風に家の中で敵味方、
それも本気だから…戦国時代はやっぱ大変です。

koyanagawa.jpg


そんな訳で、
この二代目の盛宗さんは、
置賜郡高畠城の城主にして輝宗パパの義弟にあたる家臣で、
なかなかに優れた武将だったらしいんですが、
例の中野宗時&牧野久仲親子の謀反には、
自分の高畠城下を通った事に気づかず、
彼等を捉える事が出来なくて…輝宗パパから相当怒られたらしい…。

で、怒られながらも信用は続き、
輝宗公死去の後は…隠居の身ながらも政宗公の参謀の一人となり、
法名:泥播斎(確か読みは、でいばんさい)と名乗って。
泥播斎は、なんか確か大河ドラマにも出てましたよねwww。
ご意見番みたいな感じだったなw。


いやあ…逆に言うとね、
こっから見ても、
こじゅさん家がどれほど優遇されていたか…というのが分りますね。
神職の家から出て、小十郎は一代で重臣となり、
殿様からあの寵愛ですからねv。
(まあでもそれは当然だな。小十郎はあらゆる意味で凄いもんねv)

でも、
片倉家も小十郎の伯父さん:片倉意休斎(かたくらいきゅうさい)という人が、
どうも国人領主だったらしく、政宗公にも仕えてたらしいんですが。
片倉家については、
なんか「小十郎の代からの大抜擢」みたいな話ばかりを聞くんで、
意休斎も旧臣なのかどうか…イマイチ確信が持てないオイラなんですが、
ここの所も面白そうですね。是非調べてみたい。
posted by 夏草 at 13:14| Comment(0) | 伊達家臣団 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月26日

政宗公との…タダならぬ仲!!!

ここンとこずっと、『南奥州戦記』の続きを書こうとして、
伊達さんやら佐竹さんやら最上さんやらの閨閥を調べてまして。

そんな調べものの最中に!!、
政宗公の愛小姓:只野作十郎に関して、
オイラ的には意外な話に直面して、
なんかもうドキドキで、いてもたってもいられないのでwww、
今日は『南奥州戦記』を書く予定を後回しにして、
↑こんな事ばっかなんで、なかなか本編が進まないっすwww
作十郎と政宗公の深〜〜〜〜い因縁のお話でも。
ネタ本は『戦国大名閨閥事典(小和田哲男さん他著)』です。


政宗公ファンの皆さんには、
もうとってもお馴染みな只野作十郎v。

まず。
この人の場合、お姉さんも政宗公の側室でしたよね。
(ぶっちゃけ…姉弟とも…殿様はご寵愛という事でwww。
いや!きっと綺麗な姉弟だったんだよ!!そうなんだよ!!www)

多田氏勝女、この人ですね、作十郎のお姉さん。
(本によって「勝姫」とも「勝女姫」とも表記がありますが)
彼女を有名にしているのは、
彼女と政宗公の息子がアノ伊達宗勝兵部だという事ですね。

そうなんです…あの!!、
政宗公亡き後、仙台藩を危急存亡の危機に陥れた「伊達騒動」こと、
「寛文事件」の中心人物の一人、兵部さんです。

(因に、このブログでもちょとだけやっております。
御参考まで⇒伊達騒動 〜『BASARA樅ノ木』な話!〜
http://ikiikien.seesaa.net/article/141794398.html


で、ですよ!。
この勝女さんには息子(伊達兵部)の他に、
政宗公との間に娘:岑姫(みねひめ)が居て…、
この姫が…なんと!!涌谷伊達氏当主:伊達宗実に嫁いでるんです!。


このね、
宗実さんは若くして亡くなってしまってるんですが、
涌谷伊達氏の嫡男だったため、誰かが家を継がないといけなくなった。
で……、
夭折した宗実さんの後に涌谷伊達氏を継いだのが、
宗実さんとはお母さんが違うんですけど、
異母弟にあたる…アノ伊達安芸宗重なんですと!!。

伊達騒動のもう一方の立役者が!!伊達安芸さんですよね。

つまり。

多田氏勝女さんの、
息子が伊達兵部、
娘の嫁ぎ先の次代が伊達安芸。
この二人が…伊達藩があわや改易かっ!!となった大事件の中心人物な訳で。

もっとも。
岑姫はどうも17歳くらいで早く亡くなったらしいです。
そのせいで子供も居なくて…違う所から後継ぎが入ったと。
なので、岑姫はこの過酷な惨劇を見ずに済んだ…とも言える訳ですが。

あ、また話が回ってしまいましたが。

そうなんです!!!。
すいません、
作十郎の話ですよね(わはははははは。

作十郎と勝女の父、これが…多田吉広という人で、
この人のそのまたお父さんは…、
実は和賀忠親の親族で家臣だった人らしい!!。

和田忠親!!といえば!!。
和賀一揆(岩崎一揆)で政宗公と結んで叛乱を起こしたものの、
失敗に終わって…亡くなった人ですよね。

事の経緯はざっとみれば…こんな感じでしょうか。

和賀氏は元々、
陸奥国の和賀郡辺りを支配していた、
国人(こくじん:その地方の元々の勢力領主、という感じでしょうか)だったそうな。
しかし、
例の秀吉の「小田原参陣勧告」に従う従わないで揉めてるうち、
結果的に「従わない」事になって…秀吉に領地を安堵されなかったと。

で、
不遇な時代は政宗公を頼って伊達領(胆沢郡)に居たらしい。
そして…関ヶ原の頃、
天下動乱に乗じて領土拡大を目指す伊達政宗公と結託し、
当主:和賀忠親もまた、
仇敵であった南部氏を討ち払って、
自分の旧領を回復しようと奮戦するが、
(それはひいては、中央政権への鉄槌の性格もあったようで)
北信愛と南部利直の反撃で逆に敗走。

関ヶ原の後、
恩義のある政宗公にこれ以上迷惑はかけられないと、
仙台の陸奥国分寺で切腹、
もしくは、
事態発覚を怖れた政宗公が同所で謀殺、という説がある、
和賀忠親でございます。
(この事件が原因で、
徳川家康の「百万石のお墨付き」が…反故になっちゃったんですよね)


その、
和賀忠親の親族であり家臣で、
陸奥国分寺で忠親と一緒に死んでしまった、
主君・同胞七人のうちの一人が…、
多田勝女、只野作十郎の祖父:毒島義森であると!!。


この「只野」って姓から見ただけでは、オイラ分んなかったんですよね。
でもコレ、

毒島修理義森⇒多田伊賀吉広⇒多田勝女&只野作十郎

と、こういう事で…。

作十郎は、
伊達家の家格で「着坐」って位に昇進する事になり、
姓を「只野」に変えたらしいです…。


元々の作十郎の名前って…「多田勝吉」だったという事で。
「多田」から…「只野」なんだろうか!!。
これ、養子に入って「只野」なんですかね?そうじゃない…ぽいですよね。


結論。

只野作十郎のお祖父さんは、
和賀(岩崎)一揆の責任を取って、
主君:和賀忠親と一緒に切腹。
あるいは…政宗公によって謀殺された人で。

お姉さんは殿様の寵愛を受けて、息子娘を生んでて…、
(その息子は仙台藩をあわやムチャクチャにしようとした人物で)。

で、
自分もまた…殿様の想いもの………。

くはっっ。
なんか…もの凄くないですか!!!。
作十郎のお祖父さんが自刃なのか、殿様の謀殺なのかは不明ながら、
どちらにしても「だからこそ孫娘、孫息子に目をかけた」とも、
政宗公の場合なら言えると思われ…。

政宗公の深い深い懐というべきか、
凄い謀略を越えての責任感というべきか…、
いずれにしても…凄い因果な話だと…オイラは思った訳です。
それで…ドキドキしちった(てへへ。


(でもね。
当時はこんな境遇の人って、結構居たよね。
だけど…この姉弟は特に殿様の寵愛を受けてるって事はさ、
やっぱ………綺麗だったんだよね、きっとwww)
↑どうしても美形にしたいんだな!!キサマっwww
posted by 夏草 at 22:15| Comment(0) | 伊達家臣団 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする