2016年11月19日

突撃☆御本人1 〜片倉小十郎重綱(二代目小十郎)さん〜

突然ですが。

いやあ…ついに!
アノお二人にお目にかかる事ができました。

そう、それは今をときめく
真田左衛門佐信繁さんと片倉小十郎重綱さんです!!!。

sendai04.jpg


先日仕事で故郷:仙台に帰った時に、仙台城趾にまた登ってみたら、
伊達武将隊の皆さんが…なんとこの組み合わせでいらっしゃいまして。
え?二代目小十郎さんはまだしも、何故左衛門佐さんが仙台城にって?。
世の中真田人気だからって、便乗するのも大概にしろいって?。

いやいや…戯れ言をすみませんwwもう皆さんおなじみですよね。
そうなんです…史実的にはアノ話。


大坂の陣の時、
息子娘を大坂城に連れて来ていた信繁。
道明寺口の戦いで相見えた伊達軍、
その先鋒が小十郎重綱(二代目小十郎)。
信繁は伊達との戦いの後に、
徳川本陣を急襲し最期を迎える事になるのだが、
その前に(一説には前夜)次男:大八と娘達を重綱に託した…と。
(長男:大助はやはり…お父さんと運命を共にしたんですね…)

その後、
伊達家と片倉家は徳川幕府の追求を払いのけ、
真田家の子供達を片倉の家に入れ、
真田大八を片倉守信として守りきり、
もう大丈夫となった後年、
守信の息子:辰信の時に真田姓に復姓させた。
因に、長女:阿梅は、小十郎重綱の後室となっている。

干戈を交えた敵に我が子の命を預け、
また預けられた方も命がけで敵の子女を守った。
そういう数奇な運命で結ばれた片倉家と真田家。

(当ブログでも以前、伊達家、片倉家、真田家と、
長宗我部元親アニキとの繋がりも絡め、こういうの書きましたが…↓
『「竜の兄さん、俺の孫を頼むぜ!」 byアニキ  〜2〜』
http://ikiikien.seesaa.net/article/203667713.html )


なので!、
真田信繁さんは片倉重綱さんの岳父って事で、
二人は義理父子って事で、
伊達武将隊に信繁さん重綱さんが数年前現れた時から、
これは凄い!お二人の写真撮れたらな〜ってずっと思ってまして。


とゆ事で。

カメラを向けると…ポーズ決めて下さったんですけれども!、
(迫力ありました☆)
実はこの画、ホームビデオで撮った元々は動画で、
ブログに映像乗せるのに、
動画ファイルを小さくするソフト持って無くて(トホホ、
今はすみません、そんな訳で連射写真を貼る事にします^^;。
(ゆくゆくは加工して動画貼りたいっす☆)

ではでは、
貴重なツーショット行ってみます!。
(因に背景は現代の仙台市。青葉城趾本丸からの眺めでございます!)


「それでは…行くぞ!良いかな?」
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「ずんだ…」
sendai02.jpg


「…餅!」
sendai03.jpg


という事で。

……カッコいいですね!!!。
お二人とも決まってます!!。

重綱さんはものっそ顔ちっちゃ!で、
目力がハンパ無く凛々しくジェントルな若武者。
信繁さんはお義父さん…というにはやはり若過ぎな、
(歴史的には48歳だけど、まあそれはねwww)、
男っぽい、赤備えがお似合いの岳父さん。
寒い中だったんですけれども、ホントにありがとうございました!!。



ホントにね、
史実的にはあり得ないツーショット…、
自分的に今更ながら…なんか…すんごい感慨深いなあw。
今って…平成って平和な時代で良かった!!!。


……んーと。

そうじゃなくて!、

それだけじゃなくて!www、

今回のブログのタイトルは「突撃☆御本人」な訳ですよ!、
訊いてみたかった事を訊いてみたです!御本人に!!。


では!重綱さんに直撃!
「果たして『真田丸』には重綱さんと左衛門佐さんの話は出るのか??」

重綱さんはうーんとちょっと考え、こう答えて下さった。
「先週の段階では親父殿(小十郎景綱=初代小十郎)がドラマに出ていたんじゃが、
史実だと当時、親父殿はもう病床にあり、
本来ならわし(=重綱)が大坂には出陣しているハズ。

しかしまだわしのキャストは無い。
舅殿の娘息子(=阿梅&大八)は、親父殿と御屋形様(=伊達政宗)が引き取る…、
という形になるのではないかと思う。」


ええー残念だなあ…。
重綱さんは史実的にも勇将でイケメンの誉高いのになw。

つか!、
キサマはナニを質問してるんだよwww。
訊かれた方も困っちゃうよねwホントにすみません^^;。



まあでも…やっぱり『真田丸』は西方の話が中心だし、
どうも「コスパがいい大河」とか言われてるんで…、
キャストをこれ以上は増やさないのかもしれないし、
景綱さんと重綱さんの所を描く時間も無い…という所なのかな。


さあさあ!どうなるんでしょうかね!大ラス『真田丸』!。
史実のように子女を伊達家は託されるんでしょうか!!。

最終的には信繁さんは亡くなる訳だから悲劇的なんですけれども…、
子供達に未来を開き託す、という道も残した所、
「決して諦めない真田」という感じがビシビシして、
個人的には好きなのですが!!!。

そして。

皆さん、仙台城趾にお越しの際は…、
是非伊達武将隊の皆さんを探してみて♪。
色々仙台の話を教えてくれて頼り甲斐があるし、
一緒に写真撮るのって!旅の良い思い出になるし☆。


☆名前について☆
この記事の中で「重綱」さん表記になってるのは、
伊達武将隊の方でお名前が「重綱」さんなので。
二代目小十郎さんは元々「重綱」だったけど、←父「景綱」さんからの偏諱(へんき)
後に、徳川家綱に遠慮して「重長」に改名。←将軍に遠慮するのはよくある例
因にうちのタグは「重長」さんになっとります
posted by 夏草 at 23:20| Comment(0) | 武将隊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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