2016年01月13日

戦国 山の国物語5 〜その後の姉小路頼綱〜

今日は姉小路頼綱の後半、
いよいよ戦国期における彼と姉小路氏の運命についてです。

まず父の代、三木良頼の頃にちょっと遡ると…。

三木氏と江馬氏の諍いが、
武田信玄と上杉謙信の第五次川中島合戦(1564年)の
誘因だった…という話なのですが。

川中島の合戦自体は第四次で事実上収束していて、
(信玄の弟、武田典厩信繁が討ち死にしてますね)
この第五次の戦いは…二ヶ月のにらみ合いで終わったらしい。

上杉から見ると、
武田の飛騨侵攻を許さじ!という事での陣ぶれ、
武田はその防御…で、
結果、武田は北信濃の制圧権は保ったままとなったと。

戦国史全体で見ると、
この第五次川中島の4年前には桶狭間の戦いがあったので、
もう織田信長の台頭は皆無視できない状況になっていた。

で、
第五次川中島では三木良頼は上杉方だったんですよね。

でも…彼も、一方で織田信長にも誼を通じていまして。
馬なんかをノブ様に贈っていたらしい。
この辺、良頼はしたたかです。
勿論、ノブ様の方も三木氏と連携する事で利があったからこそ、
(越中方面を狙ってたんですよね。
だから神保長住とかを味方に引き入れてたし)
このような関係になったと言う事ですが…。

1572年に三木頼綱が家督を継ぐと、
情勢は風雲急を告げ…、
信玄(元亀4年/1573年)、謙信(天正6年/1578年)が没し、
頼綱は本格的にノブ様についたらしい。

しかし、
頼綱の上杉方から織田への乗り換えが領内で反発を招き、
そして対立した嫡男:信綱を殺害した…と。
(信綱の信って…ノブ様の偏諱ですね)
結果的にこのような行動が三木氏の弱体化を招いたらしい。

更に、

信長まで没し(本能寺の変/1582年)、
飛騨地方へもその混乱は波及、
在地各々の動きが活発化し、とうとう決着をつける時が…。

飛騨の名高い合戦「八日町の戦い」です。

天正10(1582)年、江馬輝盛が南飛騨へ侵攻するも、
姉小路頼綱は輝盛を討ち取り、
江馬氏の本城高原諏訪城を落とし、
白川郷(内ヶ島氏)を除く飛騨一帯を制圧した…というもの。

ここで頼綱は、飛騨では珍しい鉄砲を使った、と指摘する歴史家も。
そうです、
鉄砲というと…やはりノブ様との関係が。
この戦で飛騨の群雄割拠は一つの決着を見る事に…。

でも、姉小路頼綱の権勢はこの後そんなに長くは続かない。

越中の佐々成政に与して羽柴秀吉と対立することとなり、
天正13(1585)年、羽柴秀吉の命で、
飛騨に侵攻した越前国大野城主:金森長近に姉小路頼綱は破れ、
代々飛騨国司であった姉小路家の名跡とともに、
野心的な成り上がり(それこそが戦国的な)三木氏は滅びる事に…。


はあ〜やっぱり大変なことでしたね…。


飛騨は御存知の通り、もの凄い山国なので、
戦自体が困難で、
なかなかはっきりきっぱりと勢力図が確定せず、
中央からの進軍もそうそう進まなかったため、
このような息詰まる綱引きが長引いたのでは…と
思ってしまいました。

でもとにかく畿内に隣接している上、
何度も書きますが上杉、武田などの大勢力とも接しているので、
情報はすごく飛び交ったらしい。

金森長近に平らげられてからは、6代107年は金森氏の国となり…、
御多分に漏れず戦乱から安定した社会へと移行していくのでございます。

高山の華麗なお祭りの原型もこの時代にあると…。

今回は…ここまで☆。
次回は姉小路氏以外の飛騨の勢力について、です。



☆この項、色々出入りが多い内容なので、年表をば↓☆


1333(元弘3) 年  鎌倉幕府滅亡

1334(建武元) 年  建武の新政
          ⇒この頃、姉小路家綱が飛騨国司に任命されたらしい

1371(応安4) 年  家綱、越中の桃井直常の援護で出兵したが敗走
1390(明徳元) 年  家綱死亡、甥(異説では弟)尹綱(ただつな)が国司を継ぐ
1411(応永18) 年  姉小路尹綱の乱。古川城へ挙兵、討ち死にする
           ⇒この頃には、姉小路氏は小島、小鷹利、古河の三家に分裂

1467〜1477(応仁元〜文明9)年 応仁の乱
1504〜20(永世年間)この頃、三木氏が桜洞城
           (さくらぼらじょう/現:下呂市萩原町)を築いて本拠とする

1556(弘治2) 年  江馬氏、姉小路古河家を滅す
1558(弘治4/永禄元)年 三木良頼(自綱の父)、飛騨守に任命される
1559(永禄2) 年  良頼の子:光頼(=自綱、頼綱)、姉小路家を継ぐ
1562(永禄5) 年  良頼、従三位(じゅさんみ)となり、姉小路嗣頼と自称

1564(永禄7) 年  第五次川中島合戦

1572(元亀3) 年  三木自綱、家督を継いで姉小路頼綱となる
1573(天正元) 年  武田信玄没す
          ⇒江馬輝盛、家督を継ぐ
1578(天正6) 年  上杉謙信没す
1580(天正8) 年  大坂本願寺、織田信長へ事実上の降伏
1582(天正10)年 6月、織田信長、本能寺の変に没す
          ⇒10月27日:八日町の戦い
           江馬氏破れる
1583(天正11)年  頼綱(自綱)、白川郷を除く飛騨一帯を統一

1585(天正13)年  三木氏、金森長近の飛騨攻略に滅亡
           塩屋筑前守秋貞死亡


☆関連事項☆
『戦国 山の国物語1 〜飛騨高山と金森長近〜』
http://ikiikien.seesaa.net/article/422833585.html

『戦国 山の国物語2 〜高山城〜』
http://ikiikien.seesaa.net/article/422896777.html

『戦国 山の国物語3 〜高山の東山寺院群〜』
http://ikiikien.seesaa.net/article/429306219.html

『戦国 山の国物語4 〜姉小路頼綱とは〜 』
http://ikiikien.seesaa.net/article/432385102.html

『戦国 山の国物語6 〜飛騨の群雄割拠〜』
http://ikiikien.seesaa.net/article/432572411.html

『戦国 山の国物語7 〜幻の帰雲城と内ヶ島氏〜』
http://ikiikien.seesaa.net/article/432718407.html

『戦国 山の国物語8 〜ここにも黄金伝説!〜 』
http://ikiikien.seesaa.net/article/432832529.html
posted by 夏草 at 02:01| Comment(0) | 歴史の周辺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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