2015年11月17日

陽炎には実態が無いんだよ… 〜劇場版『MOZU』1〜

週末にやっと『MOZU 劇場版』見て来ました。

話題作らしく賛否両論が出ていますが…なるほど!ですw。

「いただけない」という意見は多分ストーリーについて。
「ハードボイルド」「サスペンス」というカテゴリーと思って見ると…、
その結末はとても曖昧。
もっとスッキリ釈然とする方が、受け手の反応はいいのではないでしょうか。

その一方、
俳優さんがイケメン揃いなんで…当然とはいえ、
画的にみんなかなり存在感があり美しく撮られていて、
不透明なストーリーと相まって、
「男たちの情念の物語」…と受け取ると面白かったです。


☆以下、ネタバレちょっとあります。未見の方はスルーで☆




個人的にはいつも、
「ハードボイルド」って男性のメロドラマだと思ってるんですよね。

カッコいい探偵とか熱い刑事とか影のあるアウトローとかが主人公で、
緊迫した、或は奇妙な事件が起こり、
美しい少女や謎の美女が出現して…彼女らに翻弄されながらお話は進み、
主人公は事件と美女たちともつれて…大ラスになると。

そこかしこにちりばめられる「男の魅力(ダンディズムとも言いますねw)」、
「美女(多くは魔性の女)の魅力(ファムファタルとも言いますねw)」、
そこに花咲かないわけがない危険な恋と苦い結末…。
そう、こんな具合に、
メランコリックでセンチメンタルな…男性版メロドラマだと思うんです。

更にキレキレのアクションと、
大仕掛け、或は緻密なストーリーが展開されると…尚ドキドキですよね。

世間で恋愛映画が女性向けとされるなら、男性向けにはこちらがあり、
(勿論どちらも性別を超えて好きな人たちに支えられてもいますが。
というか…私はサスペンスやアクションの方が好きだけどw)
これらが上質の出来映えとなる時、成熟したエンターテイメントとも言えるかと。


そういう意味では、結局『MOZU』は決してハードボイルド作品では無かった。
このシナリオが「結果的にそうなった」のか、
「意図的にそうした」のかは…私には知る事のできない事ですが。

(でも編集は…ちょっとヘタだったような(監督ごめんなさい。
というのも…派手なアクションシーンを切りたくなくて、沢山残したために、
結果、尺が無くて細部が端折られたのでは…と思うから。
だから見せ場はあるものの…もうちょっとメリハリあっても良かったかな…と、
思う所は何カ所かあった)

なので、編集によってそうなった(=結果的に)、
シナリオの狙い通り(=意図的に)かは…微妙な感じがするわけなのですが。
(まあそれもこれも…単なる個人的推測ですけどねwww)



でも。

ここを…「ある程度は意図的なもの」として感想を書いてみます。
何故なら…実はドラマシリーズの頃から、
脚本が肝心な事をぼかし逸らし…ナニも語らない、という手法で、
監督も「ループするストーリー」と仰っていたので。

この映画もドラマからの謎は謎のままです。
(雫ちゃんの死についてとダルマは一応見えて来ますが…)

その中にあって、唯一クロ−ズアップされるのは…オメラスの寓話。

ある所にオメラスという名のユートピアがあり、
仔細は不明ながら…この街の平安と秩序と幸福は、
この街の地下に幽閉されている無垢な子供の犠牲によってなりたっている。

という、あの話です。
(オメラスについて詳しくは⇒http://ikiikien.seesaa.net/article/398419376.html

ハセヒロさんの、ずっと楽しそうな東和夫は、
前々から「オメラスはもう終わりだ」と倉木に繰り返し囁いてきたのですが、
この映画では具体的にオメラスに終焉を迎えさせようと動きます。

ユートピアの真実は、
何よりも後ろ暗い、誰よりも罪深い、正視に耐えない恥部に支えられた闇。
その実態が…地上に現れたオメラスの地下部、
ペナム共和国だったのかもしれません。

東和夫はしかしどうも…、
オメラスが「口を拭ったお綺麗な世界だから」ぶっ潰したいんじゃないらしい。
誰かの思惑通りに忠実に回っている、回り過ぎている、
その余りにも専制的な秩序を破壊したかった…らしいのです。

一方、
他のキャラクター達は…この物語に「巻き込まれて行く」のであって、
東ほどストーリーに関わる明確な動機が最初はありません。
段々と…オメラスの暗黒から家族を守る話になっていき、
そして結果的にオメラスを壊す事に加担して行く…。

そう、オメラスの闇は実は…日本をも飲み込み覆っていた。
焦点は結局、
そのような圧倒的な暗黒に対して、
実は…我々は無力ではないのか?という事、
その暗黒を知った時、それとどう対峙するのか?という事…。

オメラスの秘密を知って、
それを見なかった事にして安寧を享受する人たちと、
これを知って…無言でこのユートピアを歩み去る人たちが居る。

そういう事ではないかと。


ある年代以上には、ダルマのような人物として、
ある特定の人が想起されるのでは…と思ってしまいます。
昭和のフィクサー:児玉誉士夫です。

フィクションと現実とでは、良くも悪くも相当な違いがあると思いますが、
あの一連の出来事を想像すると…、
ダルマの不気味さ、オメラスの暗黒は一層影を濃くします。
この世に本当にオメラスがあるのではないか…、
いや、あるんだよ…とそういう感じが頭を過ったり。

物語はだから、
陽炎のように幾重にも揺らぎながら…結局何一つキッパリとした決着を見ず、
何一つハッキリと明快になった事は無く、
(もっともそれは、このようなテーマを設けた時から、
もう釈然と終われない事は分かっていたのでしょうが)
うごめく影に浸食されて…幕を閉じます。

(それ故に『MOZU』はハードボイルドではない作品となった…と思うのです)


しかし…釈然としないからといって、何も残らなかった訳では無い。

西島さん達は「正義とは色々ある」と仰っていましたが、
それだけでは無く「真実も色々ある」という話ではないかと。

あなたの掴んだそれ、それは一体「真実」なのか?。
あなたの居る所は真っ当な所なのか?。
あなたは…あなたの思うような真っ当な人なのだろうか?。

苦悩とやるせなさが茫漠とした物語の中に反響して、
倉木の陰影を一層深くして行きます…。
何かこの世界に…ある種の情念を感じたのは…私だけでしょうか?。

そうなんです。
この種の「この世の闇」なんてストーリーは結構ありますよね。
だから個人的に面白かったのは、実はここではありません。

寧ろこれと関わる倉木たちの無力さ
(一応彼的には娘の死の真相?が分かったからいいだろうけど、
その行き場の無さ、
そしてそれをどう抱えて生きていくのか…という葛藤、
その辺の揺らぐ様、いや寧ろ表面的には揺らがなさ、そこが気になった。
それで…なんかドキドキしてしまいました(なんだソレwww。


そして。

この情緒感を高めているのは…間違いなく音楽ですよね。
菅野祐悟さんの特にテーマ曲は、
これをバッグに西島さんが意味深に微笑むラストなど、
もの凄い説得力を持って迫って来ますw。

確か『ダブルフェイス』も同じ菅野さんだと思いますが、
西島さん主演のこの二作品の彼のテーマ曲は、
本当に美しく切なく、血みどろな世界を潤し慰め、
そして風のように去って行く…という、
まさしくこちらは…ハードボイルドな音楽でした。

壮大で曖昧模糊として、深淵はそのままの劇場版『MOZU』の世界。
それでも、これからもこの街は、
きっとなにごともなく回って行くのです…。
posted by 夏草 at 22:22| Comment(0) | まんがとかアニメとか映画とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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