2014年08月25日

天城越え!

例によって夏の大祭典の疲労がハンパ無く(トホホ、
それを癒すために、また伊豆へ行ってきたんですが。

伊豆といえば…「天城越え」!。

妖艶な石川さゆりさんの妖艶過ぎるあの歌!、
松本清張のドキドキサスペンス、
そして…こちらも独特な情緒感の川端康成ですよね!!!。

そんなこんなで、
なんかこう…「天城越え」って言葉には、
特別な響きがあるなあ…と思っていたら。

いやもうね!実際の天城って凄いですねw。
ホントーに難所です!!!。
これは…昔の人はホントーに大変だったな…。
それは歌にも小説にもなりますわな…。

とゆ事で。
そうは言っても実はオイラ、
走り屋のツレの車で県道59号線をぐるんぐるんに通っただけで、
もう体力的にへとへとになってしまい、
その先にあるアノ「旧天城トンネル」まで行き着けなかったんですけどw、
それでも、
この「天城と言われる辺りの凄さ」を十分に感じたですwww。

静岡県の城についても、ちょっとは調べてみたんですが、
この天城周辺って余りにも難所なせいか、
あんまり調べられてる所が多く無いみたい。

伊豆の武将といえば…まずは北条早雲だと思うんですが、
彼がらみのお城といっても、ここ天城の辺りのお城って、
自分的にもよく分からない。


だからと言って「この辺に城が無かった」とは言えないけど、
それはやはり…天城越えの余りの大変さに(天城峠が難所なゆえに)、
この辺には案外とお城が無かったのかも…とも思ったり。

天城峠に一番近い辺りでは…、
早咲きピンクの河津桜で有名な「河津城」、
そして、
「狩野派」のルーツになった氏族の出身地である、
狩野の地にある狩野城、
あとは伊東市にある蒲田城…この辺しか分からなかったんですが。

いずれも元々その土地の国人だった一族が、
最初対立していた北条早雲の麾下に下って北条氏の家臣となり、
やがて秀吉の小田原攻めの時に、
豊臣軍に対する備えとなっていった…という話らしい。

なんかもうね、天城越えの難しさと連動しているかのように、
この辺の歴史は分かるようで分からない印象なんですけども、
峠って文字通り境目だから、それは歴史が無いはずは無い。

…とゆ事で。
また一つ、日本の歴史についての謎が増えた伊豆への旅でしたw。


しかし…実は「アマギ」と聞いて、
元々ヒーロー好きの身としてはついつい、
最初ウルトラマンの中の人、
後にアマギ隊員だった古谷敏さんを思い出すんですけども、
今なら…「艦これ」の天城かなwww。

☆2014.8.27 追記☆
はああ〜すません、
まだ「艦これ」で「天城」出て無かったそうで。
(「赤城」はあるんだって)
「艦これ」に詳しい友から指摘されまして、訂正とお詫びを。

で、オイラちょと誤解してたんですけど、
「天城」って元々は空母じゃなくて、巡洋戦艦なんですね。
改造して空母にしようとしてて…関東大震災で壊れて廃棄になったと(wiki)。
でもって、
その一部は今でも横浜:磯子で某会社の浮き桟橋として利用されている…と!。

あ、横浜って言えばね。
海上保安庁があって…そこに時々巡視船?が何隻か停泊してるんですけど、
「AKAGI」「AMAGI」って名前ついてる船見た事ある気がするんですよね…。
結構小さい船だったんですが、
海上保安庁のページによると「あまぎ」は1,300tらしいんで、
それじゃない…。
(そもそも「あまぎ」の配置場所は横浜じゃないらしいから、
オイラ見た船はなんなのか…気の迷いだったのかw…ちょと確かめたいw)
ラベル:北条氏
posted by 夏草 at 20:44| Comment(0) | 歴史?よもやま | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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