2013年04月15日

戦国 白馬の王子 〜3〜

☆本日も大ラスでまさかの?「ふ」展開となっておりますw。
苦手な方はこの項、完全スルーお願い致します☆


近江国のプリンス:浅井長政様のよもやまの続きを…。

長政様の幼名は…なんと猿夜叉丸w。

現代イメージ的には、
「ましらのように身のこなしが敏捷」で、
「夜叉のように知略&武略に富んだ人」という感じでしょうか。
当時はこの名前、
ホントにどんなイメージだったんでしょうかね。
そんな風に育て、という親の期待か、
そういう風な少年だったという、一種の通り名でしょうか…。

この少年猿夜叉丸にもまた、とてもキレ者の傅役が居たらしい。
その名を遠藤直経。
遠藤喜右衛門という方が有名かもしれません。

この人も小さな頃から若殿に仕え、後々重臣となったタイプですが、
なにしろ遠藤さんが凄いのは、
将来に対する炯眼と、長政様への衷心の在りかたです。


ノブ様と長政様初対面(初会合)の日。
遠藤さんも浅井家方の接待役として、
ノブ様を間近く見る事になったらしいのですが。
その夜、

「信長という人物は表裏があり、恐ろしく頭が回る。
彼奴は自分達のために浅井・朝倉を利用するだけして、
いざとなったら切り捨てる気と見ました。
怒りを買って戦になってからでは遅い。
当家の将来のため、今夜即刻信長の首戴きましょう!!!。」

的な事を…若殿に進言したそうな。

この時は結局、
長政様も浅井家の面々も、
「今彼とは懇意にしてるし、
酔って寝てる人を殺しても浅井の恥になるだけだ」として、
遠藤を退けたという事ですが…遠藤さんは泣いて訴えたらしいです。

そして。
最終的に織田と朝倉とどっちと結ぼうかという、
浅井家の命運を分ける選択の時には、
遠藤さんは「織田家につくべし!」という意見だったと。
何故なら…「織田に離反する時期は失してしまった。
もはや、織田家に乗るしかない!」という見解だったという。

その両方とも選択できなかった浅井家、
名高い姉川の合戦で、織田との雌雄を決する事になる訳ですが、
この時、
遠藤さんは既に討ち死にした味方:三田村左衛門の首をかき切り、
織田軍になりすまし、
「敵将討ち取ったり!殿は何処に!」的に呼ばわりながら、
ノブ様本陣へと入り込み、ノブ様の命を狙ったらしい。

もう一歩の所で、
竹中重治の弟(一説には息子とも):竹中重矩に見破られて戦死、という結果に。
(竹中兄弟は一時期、浅井家の客分だったそうで、
その時に遠藤さんの顔も見知っていた…という事らしい)


歴史に「ifは禁物」ですが、
これだけ先見の明&胆力武力のある遠藤さんだとしたら、
彼を活かせなかったのはやはり、
浅井家にとって本当に大きなマイナスだった…という事か。

でも、ホントに「ノブ様をどう読むか」って事は
(秀吉・家康に対しても同じだけど)、
当時の他の武将達にとって死活問題だったと思います。

例えば…伊達家は早くからノブ様に贈り物とかしてますけど、
輝宗パパは実兄:岩城親隆宛だったと思いますが(うろ覚えでスマセン)、
「(信長など)上方衆が東北に攻めて来たら一致団結して戦おう!」と、
書状を出してたハズ。

ノブ様が強烈であればある程、
こんな事を考えていた人達は一杯居たと思われ。
つまり、
ホントみんな「様子見ながら(外交しながら)逐次情勢判断していた」のでは。

と考えると…遠藤さんの先見を活かせなかったのは、
長政様の腹芸のやや苦手そうな性格と相まって、
浅井家はノブ様とホントに近過ぎて、
懐へ入らざるを得ない事が…いろいろ判断を難しくしたとも、
同時に言えるような。


ところで。

「ノブ様の方はじゃあ長政様をどう思っていたのか??」というと…、
いろんな所で見る説では、
「実はノブ様はホントに長政様を信頼していたので、
朝倉についたと知った時、心底驚いた」というもの。

やっぱりね、
例の15歳の大活躍が本当だとすると、ノブ様的にも、
浅井長政の聡明さと武人としての将来性への期待があったというのも、
まんざらウソでも無かったかも…(少なくてもこの時迄は)。
(月並みですが、だからこそのお市の方輿入れって事で。)

だからこそ…薄濃(はくだみ)ですよね。
あの時はノブ様ホントにアブナかった訳だけど、
それ以上につか、薄濃にしないと収まらん!的に憎らしかったと。
愛の無い所に激しい憎しみは無い(ふっふっふ。
(でも「ソレでお酒飲んだ」…というのはちと言い過ぎつか、
後世の創作だという話もありますね。
元々ノブ様って甘党であんまりお酒飲めなかったらしいし…。)

ノブ様って…やっぱりその…性格的にコワいとこあった人だし、
頭の回転が早い=決断が早いんで、
外から読み切れない恐ろしさは着いて回る気がしますが、
与一郎(細川忠興)も蒲生氏郷も気に入ってたとなると、
浅井長政もやっぱり気に入ってたんじゃないかなあ…。

なんとなく…、
ちょと雰囲気に共通なものを感じるのは、オイラだけでしょうかw。



それにしても。
BSR二次で「ノブ様×長政様」ってやってる方のまんがに、
ものっそハマった事があるのでwその影響で実は、
「強大な義兄に思い通りにされてしまう、
やや線の細い清らかイケメンな義弟v」という、
ヨコシマな妄想にも、今でも萌える事が……(おいおいおいw。


てな失礼千万な妄想をされてる長政様な訳ですがw、
実際残っている肖像画は……なんか大柄っぽいですよねw。

時代的にあの当時、
あれがイケメンの定義だったのかどうかは…、
自分的に確かめられていないんですが、
ノブ様絡みでいうと…犬千代様が大柄でしたよねw。
それから…きっとヤスケも大きかったのでは。

くはっ。
ノブ様…そういうのもお好みでしたか!。

アレ?じゃあやっぱり森乱もね、案外すんごい大柄だったりしてwww。
(いやもう最後まで話がぐだぐだですいません;)
posted by 夏草 at 18:15| Comment(0) | 歴史?よもやま | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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