2016年05月29日

堪えるのって苦手です^^;

ここの所、色々と用事が押し寄せていて…少々疲労しておりまして。

で。
ちょっと気晴らしと思って、
かねてから見てみたいと思っていた『殿、利息でござる』を見て来ました。

なにしろCMが楽しそうだったしね、
なにしろ宮城県の吉岡宿の話だというしね、
なにより、磯田道史さんの原作だし。


いやあ…これが…やられましたよ…。


原作は読んでいたので概要は知っていた。
なにしろ凄い史実だし、
必然、泣かせる話になるんだろうな…とは思ってたんですけどね。
なんていうか…原作より、ある意味凄く印象深い物語になってました。


まずね。

中村義洋監督と鈴木謙一さんのシナリオが凄い。
原作は磯田道史さんの正攻法、時間の流れ通りに進む話なんですが、
映画版はメリハリがつけられていて、とても上手くまとめられていて。

冒頭がまず引き込まれる。

阿部サダヲさんの穀田屋十三郎と瑛太さんの菅原屋篤平次のつかみ合い、
真剣過ぎてどこか笑ってしまうのだけど、
十三郎がやろうとしている事は「お上への直訴」なので、
下手をすると彼は殺されてしまうかも…と心配で…とにかくハラハラ。

阿部サダヲさんのもの凄い殺気に満ちた体当たりと、
それをまた身を挺して阻止しようという瑛太さん。
とっても印象に残りました。


舞台の吉岡宿は、伊達家から伝馬制を仰せつかっているのですが、
それが元で人々は大変困窮していた。
それをなんとかしなければ、我々の子孫に明日は無い。
そうだ!伊達の殿様に千両貸して、その利息を毎年貰い、
それで伝馬制にかかる費用をまかなおう!。

…というスーパーウルトラアルティメットな方法を考えつく篤平次と、
それに真剣に取り組む十三郎。

ここから身を削って千両をかき集める皆の大奮闘が始まるのですが…。

仲間を密かに集め、家財道具を売り払い、
店の利益を吐き出し…吉岡宿の皆は懸命にお金をかき集める。

このね…元々お金持ちで無い普通の人々が、
大金を作る経過がまず、なかなか身につまされます。
これだけ清貧に生きているのに、千両という大金にはなかなか手が届かない。
見ている私にもここがぐっと重圧になります。

そしてそして…どんどん話が進んで行くと、
十三郎の父と弟の話、そして息子のエピソードになるのですが。


ああーもうこの辺りね、
十三郎の弟役の妻夫木聡さん、本当に穏やかな佇まいの役柄なんですけど、
もうただただ妻夫木さんらしい感じなのですけども…、
それが……もうね、たまらなく切ない。

シナリオの伏線が利いて来る所で、これは…本当にやるせないです。
色々と堪える物語なのですが…泣くのを堪える事が出来なかった(^^;。
というか…今思い出してもちょっとうるっとします。


そして今回は敵役というかなんというか…、
主人公達の行く手に立ちはだかる官僚として、松田龍平さんが凄い良い味です。
冷徹なまでに合理的で、人情になんてひとっつも流されない、
計算高く、プライド高く、
そして…お父さんの松田優作さんに、口元M字が凄く似ている武士ですw。

対する吉岡宿の面々は…、
ちょっとだけ腹黒い(というかコレが普通の人だよね)
西村雅彦さんや、きたろうさん、
そして…カッコいい山崎努さんや草笛光子さん。

その他、竹内結子さんや 寺脇康文さん、
堀部圭亮さん、 千葉雄大さん等々…俳優さんが豪華です。


しかししかし。
最後におでましになった、伊達の若殿が…なかなか凄かったwww。

もう皆さん御存知と思いますが、
フィギュアスケートの羽生結弦選手が「伊達重村」なのですよね!!。


いやあ…これがさ、
なんかもの凄いのよ(わはははははははは。

何かっていうとね。

そもそも吉岡宿、引いては伊達藩の困窮は、
この重村公が官位を欲しがり、
そのために朝廷やその周辺への根回しやら何やらにお金が要ったわけで。
つまり…そもそもの原因は伊達の殿様な訳ですよ。

でもさ、史実も映画も…何かもう突き抜けた若殿様で。

なるほど、
もう伊達家の殿様としても重村公は七代目、
生まれた時から苦労知らずの温室育ちという事で…、
下々の生活とは無縁な殿様の、その如何にも浮き世離れした感じや、
それでいて、しっかりと帝王学を身につけたような、
凛とした「王子様」感を、
もう羽生選手がハンパ無く出してる感じなのですよ!。

だからキャスティングもまた、最後まで絶妙だったです^^。


それにしてもね。

時々、
事実が余りにも正攻法(ある意味、正論そのもの)なので、
「出来すぎていて」とても小説(=フィクション)にも出来ない…と、
思ってしまう程の場合があるものですが、
このお話は…まさにソレ。
余りにも気高い凄い実話です。

埋もれていた史実を、
磯田道史さんが一つ一つ古文書を読んでの小説化、
その上での映画化なのだそうです。

原作の題名は『無私の日本人』。

だけど…いつも思うんだけども、
日本という国はホントに一般国民が頑張り屋で、
その努力と創意工夫によって栄えて来た感があると思う。

それは素晴らしい尊敬すべき所なのですが…、
逆に言うと、明治以降の民主主義になっても、
政治家を上手く育てられない風土になっているという事では。

色々考えさせられる物語でした。


あ!磯田さんも出演されてましたね!!!。
ふっふっふ…武士のいでたち、お似合いでしたよ^^。
posted by 夏草 at 00:27| Comment(0) | まんがとかアニメとか映画とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月09日

毛利勝永、ここにあり! 1 〜いざ!大坂城へ〜

おおおー!!!。
大河ドラマ『真田丸』になんと、

毛利勝永が! 出るらしいですね!!。

……いやあ…色々と感無量です。

ホントにちょっとだけだったけど、森長可も出番あったし、
今度はちゃんと毛利勝永も。
三谷幸喜さんは歴史好きだけに、流石つかなんつか…。


で、その、毛利勝永さんですが。

大坂の役で名を馳せたのは…勿論、真田信繁、なんですけれども、
でも、歴史ファンの間では長らく、
「信繁だけでなく寧ろ勝永」と言われて来たんですよね。

しかもこれ、昔から言われてたみたいで、
江戸中期の歴史家で俳人の神沢杜口(かんざわとこう)という人も、
自分の随想集『翁草』の中で、

惜しいかな後世、真田を云いて毛利を云わず

って書いてるらしい。
(どうも神沢家の先祖に大坂の役に参加して、
毛利勝永の家臣だった人が居るとか居ないとか…)


毛利勝永は色々と興味深い逸話の持ち主なんで、
折に触れて調べてるんですけど…、
大坂の役より前などは特になかなか分からない所も多い。
でも『真田丸』出演という事で嬉しかったので!、
今の所調べられた?事など、この際、中間報告的に並べてみます☆。

(ソースは例によって、
当グログが「腐」なのでリンク貼るとかご迷惑なのでできない、
某超有名歴史サイト様とか、
雑誌『時空旅人/大坂冬の陣夏の陣400年』、
他小和田哲男先生の本とか色々から)


まず。
毛利勝永さんは、お父さんの毛利勝信(森吉成)と共に、
備前数万石の大名だったらしいんですが、
関ヶ原の戦いでは西軍に組みして改易され、
大坂の役の頃には、
関ヶ原東軍の山内家に預かりの身の上となって居たと。


しかし、
風雲急を告げる時勢に、
毛利勝永は大坂へ馳せ参じる事を決意する。

妻と仲が良かったらしい彼は、
その苦渋の決断をとうとう彼女に告げた。

「自分が西軍で負けたために、
お前達妻子にこんな困窮した生活をさせて本当に済まない。
だがしかし今、秀頼様のお味方をして、
今度は徳川に勝ち、家名の恥辱を注ぎたい。
…しかししかし私がここを出奔して大坂城に入れば、
お前達の命が危なくなってしまう…。」

妻はキリっと、
「あなたに嫁いだ時から夫唱婦随と覚悟の上。
あなたの身に何かあれば私は海に身投げし、
あなたが勝者となれば再びお目にかかりましょう。
私達の事は気にせず、どうぞ本懐を遂げてくださいまし。」

…的な受け答えがあったらしい。

しかしこれって…「山内一豊的な夫婦」って感じですねww。
でも山内家から離反する算段な訳だから、
ちょっと皮肉な話ですが。

で…すっかり心が決まった勝永さん、
山内家から出るために、とんでもなく大胆な作戦に出ます!。


この時、
勝永一家を預かっていたのは、その山内一豊の弟:康豊。

関ヶ原の後の土佐藩主初代が山内一豊で、
(長宗我部家の後ですよね…)
そしてこの時の藩主は二代目の忠義。
この忠義は康豊の実の息子なのですが、
一豊の養嗣子として藩主を継いでいたそうな。

で、忠義は既に徳川方として大坂に出発していた…と。

その留守を守っていた康豊に向かい、
毛利勝永は藩主からの一枚の誓紙を差し出した…。

その内容とは…!、
「私、山内忠義と毛利勝永は衆道の約を交わしている(忠義の押印あり)」

えっっっっっどーゆーことーーー???、
うちの息子(今は藩主だけど)と勝永クン、そういう関係???と、
山内康豊が虚を衝かれた(らしい)所を、
勝永曰く、
「そういう訳なので、某、
何を置いても忠義様の御出陣に付いて行き、
大坂で殿様をお助けしたいのです。
それに際しては我息子を人質としてここに置いて参ります。
何卒、某の出馬をお許しください」

え、ああ…そういう事ですか、
そういう事なら、ええもうね、ええそれはもう…と、
康豊のOKが出たので、
毛利勝永、喜び勇んで舟出しようという所、
「見送り名目で港まで来ていた息子:勝家を連れて」、
まんまと大坂へ出奔の後、
当の山内忠義へ助太刀どころか、
豊臣秀頼方として大奮戦してしまった!…という事でwww。


蟄居の身だった真田信繁も、豊臣方へ参陣するのに、
九度山から出るのは苦労したらしいですが、
毛利勝永と来たら…こんな手で!!!(わははははははは。


しかし…当ブログ的に一番気になるのは!!、
果たして山内忠義と毛利勝永って、
ホントに衆道の仲だったのかどうか!!って事ですよねwww。

これでホントにそういう仲だったら、
山内忠義さんがちょっと可哀相だww。

ていうか…藩主の押印まであったという事なので、
まさかそれを偽造とかあり得ないと思うんで…、
やっぱり忠義さんと勝永さんは衆道的な関係にあったって事かな。

(でも、誓紙って…普通書くものなの?w。
「何かあった時にこれを使いなさい」って殿様がくれたりするもの?。
いや…ただ単に「愛の誓い」なのかな。
そういえば、伊達政宗公でもそういう話がちょっとあったような…。
「愛の証的な誓紙」の逸話www。
この辺の衆道作法については自分、余り分かっていないので、
これも詳しく調べてみたい所です。

殿様と衆道の仲であっても…勝永にとってはそれ以上に、
「豊臣秀頼への恩義」と「恥辱を注いで家名再建」という事が勝った!、
という事でしょうか。

いやいやいや!、
忠君というものも実は一種、
主君と家臣の衆道的な結びつきとも言える所があると思うので、
勝永の中である意味では、
秀頼への想いが忠義への想いに勝った!…とも言えるのかも。

くはっっっ恋つか…濃いですね、ええもうねww。

それが証拠に(かどうかは…全く定かではありませんがw)。
毛利勝永、大坂夏の陣で、それはもの凄い武士の勲を見せます!。

以下…次回!☆。


☆関連事項☆

『毛利勝永、ここにあり! 2 〜〜毛利勝永って…実は通称?〜〜』
http://ikiikien.seesaa.net/article/445161745.html

『毛利勝永、ここにあり! 3 〜龍造寺&鍋島と〜』
http://ikiikien.seesaa.net/article/445362485.html

『毛利勝永、ここにあり! 4 〜大一番!大坂の陣〜』
http://ikiikien.seesaa.net/article/445713893.html
posted by 夏草 at 23:48| Comment(0) | 歴史の周辺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月07日

農業、酪農、熊本城

熊本地震はその後、まだまだ余震が続いているようですね。
でも…本震みたいな大きいのは、もう来ないで欲しい、
このまま少しづつでも揺れが小さくなって少なくなって、
収まって欲しいです!!。

実は、九州に行った事が無かったのですが、
昨年やっと、大分〜熊本(阿蘇)〜福岡に行って来まして。

泊まった宿三カ所のうち、
二カ所はもう既に、
営業再開していらっしゃるのをネットで確認できましたが、
一カ所だけ…再開未定と。

素敵なお宿だったので…心が痛いです。
でも必ず、必ず、またお邪魔します!、
再開されるのを心待ちにしております!!。

熊本も大分も本当に大変な被害で、
第一は生活している皆さんや一緒に飼われている動物達、
そして、
産業に関わる動物達の生活の再建が肝心と思います。

しかし熊本の農業関係へのダメージが酷く、
酪農業が大変な危機にあるというニュースを見ました。
心して農産品、製品を買うとか募金とかで支えていければ…。


そして当ブログは敢えて更に、
「熊本城」や文化財の事も言及したいと。

熊本城は現在、
熊本城災害復旧支援金の募集を行っています。

従来の「熊本城一口城主(という名の寄付)」に
応募しようと思っていましたが、
大地震でその事務処理が出来ないという事で、
現在は「熊本城災害復旧支援金」という制度になっているらしいです。

姫路城が戦後の姫路の皆さんの心の支えの一つとなったように、
熊本城も熊本の皆さんの大切な心の宝物だと思います。
少しずつでも長くかかっても、絶対に復元させていきましょう!!!。
posted by 夏草 at 18:49| Comment(0) | 一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする