2017年12月11日

ロス×ロス

うーーーんんん。

終わってしまいますのお…。
大好きなのに…終わってしまう…。
今からもう喪失感が半端ないです…。


何がって言うと…『直虎』と『ゆがみ』です。
いやあ…こんなにドラマを真剣に入れ込んで見たのって、
ホントーーーに久しぶりでした。

『直虎』は、
大家の間で揺れるか細い葦のような井伊家が逆襲に転じてからは、
イケイケになってワクワクするんだろうな!!…と想像していましたが、
いやいやとんでも無い!。
森下脚本の容赦無いシビアな展開で、
とても切なく胸熱く……涙が毎回溢れましたさ!。
ずっと見て来ているからこそ、なんだか毎回泣いてしまって。

でも…もの凄く充実感があって、
本当に楽しかった。

少ない史実を元にしながらも歴史的ビッグネームに頼らず、
森下脚本は自由闊達で、人間描写も味わいがあり
人間関係の綾がものすごく表現されていて、
それ故に哀しい事理不尽な事も沢山起こり、
その中から皆で未来を掴んで行くという…
歴史とは人が紡ぐもの、という感じがとても良かった。

内容の濃い見応えのある大河ドラマでしたね。
『独眼竜政宗』とか『黄金の日々』とか、
『獅子の時代』とか並と言っても良い程自分的には好きでした。

思えば、
小さな井伊谷をおとわと鶴と亀と龍雲丸、そして沢山の、
「一人では小さな力」を皆集めて…守りきったというお話だったかと。
そしてそこから傑物の井伊直政が生まれ出た…と。
こうして考えてみると…なにかファンタジーものの王道のような感じさえしますね。

柴咲コウさんを初めとして、
俳優の皆さんもそれぞれとてもハマっていて好もしく、
(光石研さんの明智光秀もとっても良かった)
どの人を見るのも楽しかった。

なので…次回で最終回なのかと思うととっても寂しいですが、
でもしばらくは思い出してじんわりして、
…やがてにっこりできそうです。

ていうか、
私も思うんだけど…数年後に再び、
「井伊直政」やりませんか!大河で!!!
(わははははははははは。

あの家康がどうやって天下人になって行くのか!、
行けるのか!、
そこに関わって来る「井伊の人々」。
あ、そうだ!!、直政さん早死だから、
直政さんだけでなくて直孝さんまで行けばいいんじゃね?。
(↑言われてもwww)

などと…妄想は果てしなく続くのでありますwww。



そして『刑事ゆがみ』。

これも…本当に久しぶりに手放しで好きだな〜と思える刑事ものでした。

人物描写の洒脱さと内容の繊細さ、
そして特筆すべきは早い展開と見せ方の上手さも、
(最初に毎回のテーマみたいなものを、
弓神と羽生で見せる所、あれが面白くて秀逸でしたね)
画面に釘付けにさせられる要素で、
『直虎』と『ゆがみ』は自分的にホントに珍しく、
一度リアタイで見てから録画を2回くらい見る…
というくらいの中毒症状が…。

俳優さんも好きな人ばかりで…、
特に浅野忠信さんは昔から大好きだったのだけど、
彼は映画にしか出ないと思っていたので、
NHKドラマに主演した時も驚いたけど、
(その後のキムタクとのドラマは見なかったんですよね…。
なんかその…ねwww)
今回は神木隆之介クンとの共演という事もかなり大きなポイントで、
だから始まる前からとても楽しみだった。

想像通りというか想像以上に素敵なバディになっていて、
毎回毎回本当に良かったですね。
稲森いずみさんと山本美月さんは意外な一面が見られ、
それもとても良くて好きでした。
ゲスト陣も豪華だったしねwww。

こちらはパート2とか映画とか…ならないのかな。
是非作って欲しいな。
お願いします!!!。
たった10回のバディじゃもったいないよ!!!。
(…と言いながら、
もう6年も『タイバニ』二期、待ってるんですけどね、自分はwww。
でも『タイバニ』はその間に二本映画ありましたからね…。
『ゆがみ』も映画なら!どうでしょう!!。
是非是非お願いします!!!)


計らずも夢中になって見ていたドラマが、
いっぺんに終わってしまう年末。
寂しいけれど…また次なる展開を是非ともお待ちしてます♪。
posted by 夏草 at 01:25| Comment(0) | ドラマとか舞台とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月02日

流転の横顔 〜石川数正〜

そう、石川数正です!。

今年の大河ドラマ『直虎』で大活躍中の…。

ホントにね…ドラマ史上、
いまだかつてこれほどのイケメン数正がいたでしょうか!!。
中村織央(なかむらおずの)さんの男っぽい無頼な面差、
気骨ある態度、溢れる優しさ…ただただ眼福としか言いようが無いですねw。


しかし。

では歴史的な石川数正ってどんな武将?と問われると…どうでしょう?。
歴史ファンの間で名が知れている割に、意外と謎の多い人物と感じる。


『直虎』でも描かれるように、
徳川家にとって歴史的にかなり有能な家臣なのですが、
ある出来事を境にして、
彼の後半生が今ひとつ表には浮かび上がらなくなった、
そして実績の割には、
今日まで世間的に余り評判が高まらなかった…と思われるのです。


その出来事とは。

石川数正は家康の股肱之臣でありながら、
徳川家天下統一の道半ば、
1584(天正12)年:小牧・長久手の戦いの翌年、
第一次上田合戦の直後に徳川家を出奔、
豊臣秀吉方についた…という凄い事件があるのです。


これは一体どういう事なのか?…。


そもそも彼の家系は、
祖父:石川清兼の代から松平(徳川)家に仕えている譜代の臣であり、
その意味でも生粋の三河武士。

家康が生まれた時、清兼は蟇目役を仰せつかっているという。

蟇目役というのは…「蟇目」を射る者の事で、
「蟇目」というのは射ると音が出る矢の事、一種の鏑矢であるらしい。
(音が出るから「響矢」などとも言うらしい。
正確には、穴を開けて音が出るようにした卵形のものを
鏃に被せて矢に装着するそうで、
この卵形を「蟇目」というと…)
これは邪気や魔物を払う力があると信じられていたそうな。
なので、
松平家の嫡男誕生という、家にとってとてつもなく大事な時に、
清兼がその蟇目役というのは、
それだけ石川家が重きを置かれていた証…と言えるかと。


そして、
数え6歳の徳川家康(この頃は松平元康)が、
1549(天文18)年に今川の人質になった時、
数正は酒井忠次とともに供奉筆頭として竹千代について行くことに。
以降10余年に渡り、
紆余曲折のあった人質時代を主と共に乗り越えて行くんですよね…。

因に、
数正の出生が何時なのかが確定していないため、推定の話になるのですが、
彼は家康よりやや年長(一説には10歳ほど)という事で、
幼君と年齢が近かったという事は…数正は家康の家臣であると共に、
兄のように非常に密接に主を守り支えた…とも言えるのでは。

酒井忠次の方は家康より16歳年上。
こちらは更に年齢が上なので、
酒井忠次の決心の程も相当だったと想像します。


なにしろ家康は、駿府の今川家へ向かう途中、
織田信長の父:織田信秀にインターセプトされ、
2年くらい織田家に留め置かれたという事もあった。
その後、
信秀が謀反に依って死亡し、今川義元が家康を「取り戻した」と。

今川家には有名な太原雪斎(崇孚)/たいげんせっさい(そうふ)という高僧が居て、
義元の右腕(というか実質上のNo.2)だったこの人が、
将来の今川家幹部候補として家康に学問を授けた…という説もありますが、
反面、大河ドラマにもありましたが、
家康は今川の使いっ走り的というかなんというか、
いろいろと戦に従軍させられたりして…成長しても苦労は多かったと思われ…。


そして…1560(永禄3)年、
桶狭間の戦いで今川義元が戦死し、
今川家中の混乱に乗じて家康は岡崎城に自力で帰還。
やっと今川家から独立する事ができたのでしたね。

しかしながらこの時、
今川にはまだ正室:築山殿(瀬名)と嫡男:信康などが置き去りにされていた。
この二人を取り戻すために手腕を発揮したのが…石川数正だったと。

交渉係となって粘り強く今川氏真と渡り合い、
陥落した上ノ郷城で捕えた、
鵜殿氏長(うどのうじなが)と弟:氏次との引き換えによって、
築山殿と嫡男:信康、長女:亀姫を救出する事に成功したのですよね。
その後、数正は信康の後見人になっています。
(氏長の祖父・鵜殿長持の正室は今川義元の妹なので、
鵜殿氏長・氏次は今川氏真の従兄弟という間柄)


そして更に数正は、
織田家との清洲同盟を取りまとめる役目も果たします。


実は先のジェネレーション、織田信長の父:信秀と、
家康の祖父:清康&父:広忠とは戦乱を繰り広げた敵対関係にあった。
(だから家康も一時織田に取られたわけで)
そもそも松平家は今川家と結んで織田にあたっていた所を、
家康が今川から離反したため利害関係が一変…織田との同盟が必要となったのですね。

なので…徳川家の内部でもそれまでの織田への遺恨から
織田と結ぶ事に賛否が渦巻き非常に揉め、交渉は難航したらしい。
(勿論、数正は家康の命でやっているわけなのですが…)
それで…桶狭間の戦いの2年後(1562年)に数正の努力が実り、
今後20年間信長の死まで続く清洲同盟がようやく正式成立へこぎつけた…と。

(信長との交渉役はその後(長篠の戦いの辺りからか??)、
酒井忠次に受け継がれた模様)

この同盟から家康の三河・遠江攻略が本格的に進み、
1564(永禄7)年には三河を平定。
家康は、東三河には酒井忠次、西三河には数正の叔父:石川家成、
後に石川数正を旗頭に据えた。
徳川家中では忠次、数正は「両家老」と称される重臣となっていったそうな。


また数正は武将としても優れていたらしい。
1560(永禄3)年、桶狭間の戦いに従軍、
1570(元亀元)年、姉川の戦いでは信長方として浅井に対抗、第一軍を率いた。
1573(元亀3)年、三方原の戦いに参陣(徳川は武田信玄に惨敗)、
1575(天正3)年、武田勝頼との長篠の戦いでは鳥居元忠と空堀や馬防柵も作り、
目覚ましい働きをして味方の勝利に大きく貢献した…と。
そういう時代だったと言えばそれまでですが、
もうホント連戦に継ぐ連戦…文字通り席の暖まる暇も無いですね。
この頃の徳川軍は寡兵、劣勢、長丁場…、
ホントに苦労は一肩ならぬものがあったでしょう。


一方、
このような流れの間に更に1564(永禄7)年三河一向一揆が勃発。
忠君厚いはずの三河武士も徳川家中の半数が離反、家康と干戈を交える事になった。

数正の出た石川氏も三河一向一揆の中心:本證寺の門徒であったため、
数正の父:康正は一向宗側についた。
しかしながら、叔父:家成と数正は家康への忠義を通し、
これに感じ入った家康は家成に石川家の家督を継がせ、戦後、数正を家老にしている。
(因に、家成は実は家康の従兄妹。
家康の実母:於大の方の妹が家成の母(於大とこの母が水野忠政の娘)


そしてそして…数正の人生で恐らく最大の悲劇が訪れる。

天正7年(1579年)、
徳川家による築山殿の殺害と松平信康の自刃。


幼い家康の人質生活に近侍し、
誰よりも主君の艱難辛苦を知っているはずの数正が、
一方で、己の力を精一杯使って救い出したはずの御方様(築山殿)と信康の、
こんな形での死に直面するって…。
しかも、織田信長との清洲同盟を取り持ったのも自分……。

当事者全てを身近で見ていた数正の胸中に去来したのは、
一体どんな思いだったのでしょう…。

そして、
築山殿と信康亡き後、岡崎城の城代を任されたのも…実は石川数正なのです。

ドラマでも描かれましたが、きっと実際も岡崎城中は混乱したと思います。
だから家康は数正を信頼していたからこそ、この時この大役を任せていた…と。
やはりここまで、数正は徳川家のもの凄い重臣ですね。


更に1582(天正10)年、本能寺の変の直後、
名高い「家康の伊賀越え」にも数正は同行していて、
井伊直政や本多忠勝らと共に主君の何度目かの窮地を守りきった。

しかしこのような状況により、
家康は主君(と言える)信長の弔い合戦に遅れを取り、
その後継者決定の場(清洲会議)への参加もできず、
もっぱら地歩固め(三河、遠江、駿河に加えて甲斐、信濃を治める)に
徹さざるを得なくなる。

しかし、
賤ヶ岳の戦いで秀吉と柴田勝家が雌雄を決する前に、
家康はどうも秀吉勝利が濃厚と見て、彼と本格的に誼を通じる事を決め、
書状をやり取りして互いに状況を伝え合った。
そして戦後家康は、柴田勝家を破った秀吉へ、
戦勝祝いの文と名品:初花肩衝(初花のこつぼ/漢作唐物肩衝き茶入れ)を
贈ったそうな。

そしてこの時の使者も…石川伯耆守数正なのです。

で、
秀吉と上手くやって行けそうに見えた局面も束の間、両雄並び立たず…、
とうとう…1584(天正12)年、
小牧・長久手の戦いで家康と秀吉は直接対決へ…。
この経緯はなかなか興味深いのですが…ここでは割愛(別項にて)。

よく言われるように、この時は事実上家康の勝利だったのです。
この時が唯一、若き秀吉を叩き潰すチャンスだったとも言えるのですが、
秀吉の頭脳的交渉術、駆け引きに負け、
家康はその後、秀吉の麾下に属する形となって行く…。

そして停戦の二三ヶ月前から、この講和の動きは出ていたそうなので、
この時も数正が水面下で尽力していたと思われます。
事実、戦後、徳川家康の使者として豊臣秀吉と数正との会見も行われたそうな。


そして……ついにそれは起きた。


1585(天正13)年11月、家康が、
うるさ型の謀将:真田昌幸との第一次上田合戦を繰り広げ、勝てなかった直後、
突如として数正は妻子とともに、岡崎を、徳川家を出奔してしまう。

いやあ…本当に「何故」!。
何故なんだ数正!!!。


これには様々な説が入り乱れておりまして。

1)徳川家に居場所がなくなった説
秀吉との交渉窓口になっていた数正。
その実力に接したせいか、秀吉との融和論者だった彼は、
浜松城の会議で強硬論派に囲まれ孤立、
更に「数正は秀吉に通じた」という噂が徳川家中で流れ、
徳川に留まれなくなったのでは…という。
秀吉側がこのような噂を流した…なんて説さえあるようですね。

2)秀吉に誘われた説
秀吉は代々武家で無いので子飼の武将がそんなに居ない。
天下取りのために強固な家臣団を望んでいたので、
他家にも多方面にヘッドハンティングを繰り返していたのは有名な話。
当然、有能な数正へも…?!。

まあでも、この1も2も…根本は同じですね。
数正が結局、秀吉に取られた…という見解かと。

そして遠因として、
3)信康自刃事件の影響説
やはり信康のあの事件が数正の心に傷を残し続けた…という説。
数正は若き信康の後見人でもあったし、
あの場で果たして彼の意見が少しでも聞いて貰えたのかと想像すると、
それはもう寧ろ、余地など全く無かったのではないか。
(酒井忠次と家康で決まった感があるし)

主君である信康を失った岡崎衆の立場が弱くなったとする話も。
数正の立つ瀬も結局無かった…という事なのだろうか。
大河ドラマ的に言うと…、
「(信康様を守れなかった)生き恥を晒して生きる事も、
もはやこれまで」と決意した…という展開も…ありなのか。

でも、ここに来て、こんな風に心が折れたとしたら…、
やはり「数正は秀吉についた」と言われたと仮定すれば、
それが引き金となってこうなった…かもしれませんね…。


あとね、小説だとこういうのもあるらしいw。
4)家康が秀吉に放った間者説
わはははははは。
数正をスパイとして送り込んだと!!。
面白くて好きだ!!…けど、
これは山岡荘八の小説ネタですwww。

で、
最後に個人的にはもう一つ妄想してみました。

5)天下取り実現を早く見たかった説(あくまで私的妄想w)
家康はこの頃42〜3歳。
だとすると…数正はそれより年長だから完全にアラフィフですよね。
人間50年と言われた時代…このままだと、
数正は天下が治まった時代を見ずして死んでしまう可能性も。

見て来たように、
彼は若い頃から家康と共に、本当に苦労したと思うし、
要として難しい役割をやり通したと思うんですよね。
それも何度も。
三河武士の中では(と言ったら他の人に失礼だけどw)頭脳派だし、
だからこそ知恵者である家康を信じてついていった(譜代だし)と思うんだけど、
でもそこに…やり手の秀吉がデッカく立ちはだかった。
それを見たら…もう俺の働く場所、こっちにした方がいいかもと思ったり…、
しなかったかなあ…。

いや寧ろ、
天下が定まるかどうかなんて事も考えられない程、
戦国時代は続いていたし(明日は見えないし)、
皆やる気満々だったのだろうけど、
知性派の数正は色々見過ぎちゃって…こんな選択になったとは言えないだろうか。
待っていられなかった…とか…そんな事は無いでしょうか?。
妄想が脳内で炸裂しておりますw…。


一方、
去られた徳川家には大衝撃が走った事は言うまでも無い。

なにしろ中枢幹部が、
企業秘密をごっそり抱いて、ライバル会社に走ったようなもの。
第一次上田合戦も早々に切り上げ、事態収拾をはかり、
徳川は先祖伝来の軍法を捨てざるを得なくなり、
一挙に武田流に変えていった…。

1586(天正14)年には、数正は和泉国十四万石を与えられ、
秀吉の九州征伐に従った後、小田原の陣にも出陣。

そしてなんと、
1590(天正18)年、信濃国松本城に八万石の城主として入ったと。

そうなんです、
現存天守の中で一番古いあの美しい松本城、
一般的には、
その城主にして松本藩初代藩主が石川数正という認識らしい。

その後、
1593(文禄2)年(異説では92年より前)、
唐入りのために肥前:名護屋城へ行き、病没した…そうな。

九州や小田原の戦役、
松本城主…と結構華々しい逸話が残りそうな所だけど、
出奔以来の数正については、伝わっているものが少ないんですよね。

豊臣に鞍替えしてから7年後に亡くなっているので、
この年月では数正の豊臣での活躍の時間は無かったのかもしれないけど、
このような大物の移籍は…取り扱いにはやはり色々と差し障りもあったのかも。
更に徳川の世の中になってから、
数正の出奔以降の実績は敢えて評価されなかったのかも。

いずれにしても…、
石川数正の人生は長い間(多分に孤独な)戦いだったように感じます。
そこを生き抜いた事、そこに骨太い三河武士の魂を感じる人でございます。



☆参考書籍☆

「戦国武将 合戦辞典」峰岸純夫・片桐昭彦著 吉川弘文館
「戦国人名事典」新人物往来社
「定本 徳川家康」本多隆成 吉川弘文館
「秀吉の天下統一戦争」小和田哲男 吉川弘文館
「東海の戦国史」小和田哲男 ミネルヴァ書房
「長野の山城 ベスト50を歩く」河西克造・三島正之・中井均編 サンライズ出版
「週刊名城をゆく 松本城」 小学館(ムック)
他…いろいろ
posted by 夏草 at 17:45| Comment(0) | 歴史の周辺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月27日

織田家中は忠次の海老すくいの夢を見るか…w


神回が続いている大ラスの『直虎』。

ここの所はもう毎回毎回激しく心が揺さぶられ、
切なさと胸熱の余りに目から大量の汗が出る日々ですが(わはははは、
それもこれも…シナリオの緻密で大胆で情熱的な展開と、
出演者の皆さんの魅力の爆発、そして手堅い演出方の実力…と。

去年の『真田丸』と比べて云々…とよく言われて来ましたが…、
正直な所、史料の少ない井伊直虎の生涯を一年かけて描く事の方が、
大昔から大人気者:真田信繁を主人公に据えるより、
ずっと困難が多かったと思います。

しかしきっと(やはり)、
脚本家:森下佳子さんはその事を「強みにした」んだな…と、
ここに至ってつくづくと感じています。
(やはり…人気実力を兼ね備えた、乗りに乗ってる作家さんは違いますね!)


子供の頃から歴史好きで生きて来たのですが…、
実は徳川家康には、長い間個人的に余り興味が無かった。
何故なら自分が小さな頃って「プレジデント」とかの経済雑誌?に、
とかく「徳川家康の組織力」だの「家康の経営学」だの、
「忍耐と寛容の人家康」だの…、
「経営者や社長にとって家康は鏡」みたいなの…沢山あったんですよね。
曰く
「人の一生は重き荷を負いて遠き道を行くが如し=苦労人からの狸親父」
みたいなwww。

でも近年、
家康は若い頃は感情派だったとか、意外と短気だとか…、
「出来上がった天晴家康像」に???となる評価を見かけるようになって。

そして…自分で調べて行くうち、
「家康は勿論、今川時代に辛い所を耐えて忍耐力がついた」のもあるだろうけど、
「織田ノブ様に押し込まれて辛くて忍耐強くなった」のもあるだろうけど、
「秀吉に勝負で勝っても試合で負け続けた」のもあるだろうけど…、
実際は、いつも、
<自分の信念がガチガチで、
時には主の言うことさえ聞かない三河武士に囲まれていた>事こそ、
家康の忍耐力、傾聴力を育てたのでは?と思うようになって来てまして。

そんな時、『直虎」です。

これはドラマですけれども、
いやあ…もうこの徳川の家臣の手強い事www。
三河武士は勇猛果敢…という事は、多少(かなり)腕力勝負派でもあるし、
色々な意味で声は大きいしw一家言ある輩ばかりだし…、
線のいささか細い阿部家康は押しに押されていたわけですね。

それが…瀬名と信康を失うという痛恨の出来事でしゃんとしてきた。

もし家康が阿部サダヲさんのようなナイーブな心を持っていた人だったら、
こうやって内圧外圧に揉まれに揉まれて…、
「人生重い荷を負いて遠き道を行くが如し」って…なるよね!!!って、
つくづくと妄想しましたwww。

磯田道史先生も「英雄たちの選択」で言ってた。
「家康の人生なんて苦しい事しか無いんですよ」って。
脳科学者:中野信子さんも言ってた。
「家康は様々な人のニーズに応えられる人なんですよ」って。

徳川家康=狸親父が何故形成されたのか…、
考えてみると…本当に大変な事だったのですね。


そして万千代。

自分の印象では、歴史上の井伊直政という人は、
「自分の前に細〜〜〜い一本道、
それもとても高い崖にある一本道、
或は綱渡りの一本綱、
これを渡りきったら生き伸びられる一本道、があって、
それを文字通り一心不乱、一気に全速力で駆け抜けた人」という感じ。

それしか生き延びる手段が無かった所を、
一つも間違わずに激しい覚悟を持って、
自分の全てを自分に賭けて駆け抜けた人…という。

そういう事に迷い無い人って…かなり強い心を持った人だと思うんですよね。
それってきっと素直な人。
素直というのはバカという事では無く、
柔軟に全方位に感性を広げてて、
自分の小さな枠を取り払って取捨選択できる人だと思うのです。
そして、そんな風に「自分を越える、時には壊す事に恐怖が無い」という所が、
このような人の「強さ」なのだと。

思えば今作の直虎もそういう人でした。
あの柔軟な強さって…更に、本当に人を動かせるものだとも思います。
素直だから嫌味も衒いも無く、美しいんですよね、共感するのです。

(でも歴史上の直政は余りにそれが徹底してて過激だったので…、
家中からも恐れられるというレベルに達していましたが)


そして…こんな太陽のような人の影には、
月のような人が存在するものです。

言うまでもなく、今作での小野但馬守ですね。

太陽の光を受けて冴え冴えと輝く月。
暗い夜に一点の光明となって、
太陽の居ない暗黒の時に人々を支え導く。

但馬はもう居ないけれど…その印象的な光は皆の心の底に届いている。
深い水底に届く一条の光のように。

歴史上の小野道好(政次)がこういう人だったのかどうかは…、
個人的には調べていないので分からないのですが、
森下さんのインタビューでは、
「彼の供養塔(だったかお墓)が地域の人々に守られていた」とあり、
それ故に森下さんは彼が単なる悪役では無いのでは?と発想したと。

歴史の綾は解き明かすのはなかなか難しい。
けれどもだからこそ…色々想像してみる事ができる。
今回の『直虎』はそんな、一筋縄では行かない、強かな、
けれども、
ピュアなものを捨てないで踏ん張る人間達の
そのひたむきな戦いの世界を描いていたように感じます。


あと三回。

本能寺の変は…描かれそうですね。

『直虎』では海老蔵さんのとってもコワモテなノブ様でしたがw、
47回の高天神城の戦いの時、
武田側の降伏を許さないという戦略は史実で、
「この頃の武田は周辺の有力武将から攻めに攻められていたので、
(伊那地方から信長嫡男:織田信忠が、飛騨から織田家臣:金森長近が、
駿河国から徳川家康が、関東から北条氏直が武田領に侵攻してきた)
高天神城からの救援要請に勝頼が応えられないのを知っていて、
「<勝頼は家臣を見殺しにするような将だ>という評判を喧伝する狙いがあった」
そうなのです。

これが…本当に見事過ぎるほど的中、
小山田信茂や穴山梅雪等の離反を招き…武田は滅亡したのでした。

でも、高天神城の戦いの結果がなくても…、
こんな風に殆ど全方位から攻められたら、
長篠の戦い以降、家中も更に揉めている武田勝頼にとって、
殆ど雪崩をうつように状況は悪化したんでしょうね…。

『真田丸』の最初にもあったけど…この上浅間山も噴火して…、
もうこうなると目も当てられない感じになっていったと…。

さて。

第48回は「信長、浜松来たいってよ」ですが、
(わははははは、

とうとう明智光秀が「決心」するんですね。
そして…ついに「酒井忠次の海老すくい」が見られるのですね!!www。

いやあ〜どっちも楽しみ^^;。

酒井忠次については、『直虎』では少々貧乏くじを引いた出だしでしたが、
彼はちょっと「徳川家に於ける但馬」っぽい所もあり、
皆が引きにくい札を引いていた感もありまして…。

それから、
演じている みのすけさん ですが!。
ああ〜〜この方、今は役者さんの方で有名ですが、
(ケラさんトコの人だよね)、
大昔!大槻ケンヂさんの『筋肉少女帯』でドラマーやってたんですよ!!。
すんごい初期ですけれどね。
いやあ…『釈迦』とか叩いていたんですなあ…。
それが今や「酒井忠次」。

……来週の「海老すくい」乞うご期待!!!。
posted by 夏草 at 14:01| Comment(0) | 大河ドラマ☆おんな城主 直虎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月20日

精一杯生きるって

大河ドラマ『直虎』、今日もまた悲劇の回でございました。

菜々緒さんの演じられた瀬名が、
本当にもうただただ美しく気高く…そして哀しく。
(涙を一杯ためながらも…滂沱とはならず、という所も矜持があって好き)
男前な中村織央(なかむらおずの)さんの石川数正ならずとも、
御方様のあの覚悟の姿には感極まり、
せめて、
「あなたは本当に美しい人とお伝えしたい」…という気持ち、
全く共感しました。
(でも数正は本当に御方様が好きだったのかも。それもいい)

信康も…父や家臣に最後まで応えようとする…本当に素晴らしい若殿で。
平埜生成(ひらのきなり)さんは舞台中心の俳優さんらしく、
そのせいなのか台詞はハッキリ、目配りなど高貴な佇まい。
その整整としたお顔に一筋涙が溢れる所(一つ前の回)、
何度見ても切ないですね…。


歴史的には築山殿(瀬名)は「悪女」と評される事が多かったのですが、
何故かいつも自分はそれには承服できなかった。

そもそも勝者のものである歴史(各家の正史というか)って、
その主を上げんがために(正当性を強調したいがために)、
特に都合の悪い立場の女子供は貶められる事もよくあると言われます。
築山殿とか徳川信康はその最たる人だという印象で。

しかし、正史から見てどんな不都合な立ち位置の人物であっても、
その人々にはその人々の言い分があろうと常々思っている。
それが「正しいか正しくないか」という見方・裁き方は、
後世が正史を基準にして考えるから、そう意味付けられてしまうのであって、
そもそも人とは皆自分の気持ちはそれぞれあるわけで。


その「歴史的」には、
信長と家康の間になんらかの「信康問題」が起き、
ああした最期を強いられた原因として、
従来の「信長が信康を除こうと強く家康に迫った説」の他、
(優秀な徳川信康が将来、
信長嫡男:信忠にとっての脅威になるだろうという考えから等)
「家康とそもそも信康が不仲だった説」(この場合は信康が暗愚であるとされる)、
そして「武田と信康が内通した説」
(当時まだまだ武田の勢力は戦国屈指だったため、
織田よりも武田と信康が考えた等)
更に、
「築山殿と家康実母:於大の方と不仲(築山殿は今川の血筋ゆえ)説」、
(これは直接的な原因というより、信康の自刃を後押しする力となったと)、
など色々取り沙汰されて来て…結局今でも本当に謎の事件ですね。
(しかしながら信康ともども築山殿が粛正されたという事は、
この母息子の痕跡を完全に徳川から消したかった誰かが居る…、
という事を意味していると私は思っています)


そしてまた、
戦国時代は現代の感覚では計れない部分も多々あるし、
その意味で色々大変だったし仕方無いと分かってはいても、
それでも「嫡男を死に追いやった父」という点で見れば、
(それぞれ家中的には説明つけてるけど)
武田信玄と徳川家康の印象は個人的には…あんまり良くはなかった。

でも…今回のシナリオの運びを見ていると、
同盟者といっても実質は、信長と主従関係に近かった家康にとって、
短気で元ヤン?な信長wwwにメンチ切られたり、
態度で威圧されたりで(これがホントの忖度よの)、
精神的にかなり追い込まれた状態だったのはあり得るな…と。

ドラマ中瀬名が、
今後信康が許されて徳姫との間に子が生まれたら、
「それを私と思うて」と言う所、
(このままで居たら、信康が許されると瀬名は思っていないわけなので)
周囲への気遣いと御本人の今生への決心が伝わって、
たまらない気持ちになりました。


そして。

今回は深く悲しかったと同時に、本当に素晴らしい回でもありましたね。
今まで井伊谷の人々と我々視聴者が経験して来た事が沢山繋がって。

「直虎の今まで」がどれほどの艱難辛苦であり、
それを越えて来た「直虎の凄み」が今まで分からなかった万千代だけど、
巡り合わせと戦国の不条理に打ちのめされ、
もうヒシヒシとそれを感じて…大人になって行きましたね。

そしてそこに介在する「姿なき政次」の存在感がもの凄かった。
普通こういうのって高橋一生さんの過去の出演シーンとかを
「絵的に」挿入するもんだと思うけど、今回はそれが一っつも無かった。

だけど皆の心にどれだけ政次が生きていた事か、
それがどんどん「残された者達の言動から」浮き彫りになって…
そしてその政次の心が皆を今一度結んで、更に皆の力を強くしていく過程に、
特にここの所少々老成していた直虎を奮い立たせて行く所に、
本当に胸熱になりました。
(南渓和尚のあの煽りも、
苦しさに閉じ込められた直虎を再び解放する突破口となるものだったと…思います)


家康を呼び覚ます万千代も良かった。
覚悟の決まった万千代の、あの堂々たる真っすぐさ。
真っすぐに家康に向かって…悲しみも辛さも皆、糧として運命と戦おうと、
そう鼓舞する純粋な姿。
万千代は心から信康に成り代わろうとしていたのですね。
そしてそうした万千代にだけは心の内をさらけ出し、泣き叫んで吐き出し、
やがてその気持ちに応える家康。

家康が万千代を特別に思ったのはこの瞬間、
そして万千代が真の徳川家臣となったのもこの瞬間、
…ここも本当に胸熱な徳川主従でした。

今回は最初から最後まで、
人間の結びつきの激しさ、哀しさ、惨さ、強さ、美しさが胸に迫りました。
どんな時代であってもそこは変わらない所だと…。

精一杯生きるって、自分を精一杯活かすって本当に大変な事。
でもそれが出来たら…本当に生きた甲斐がある。
いろいろしみじみ思う一夜でした。
posted by 夏草 at 01:16| Comment(0) | 大河ドラマ☆おんな城主 直虎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月17日

うきよ署は神奈川県にあるらしい

いや〜久しぶりに楽しい刑事ものを見た。

『刑事ゆがみ』です。

前々から色々言ってきましたけど、
自分は刑事ものが好きです。

…というかね、結局「バディもの」が好きみたい。

因に一番最初に好きになったバディものは、映画『48時間』。
ニック・ノルティとエディー・マーフィー
(これがデビューだったらしい)の有名なヤツ。
まあこの凸凹コンビの酷いこと、オカシイこと、ダメなこと、素敵なこと…。
ストーリー的にはアホですが(ミモフタも無いwww)、
TVで見て子供心に「なんじゃこの人達!」って思って…なんかハマりましたw。

あとは『リーサル・ウェポン』も好きだったなあ。
特にシリアスで怖い第一作と楽しくなる第二作が対照的で。
こちらもストーリーはアホですが(ミモフタも無いwww)
過激なリッグス刑事(メル・ギブソン)と、
振り回されるマータフ刑事(ダニー・グローヴァー)の凸凹感に味があって。


こんな感じで育って来たので・バディものの醍醐味はだから、自分にとっては、
・すんごく2人の個性が違う
・台詞のやりとりが生き生きしてる
・色々と不協和音があって、それでもウマが合う間柄
・いざとなるとガッチリタッグ

わははははははははは。
↑これってでも私に限らず…鉄板ですなwww。


で、今回の『刑事ゆがみ』なんですけど。

ああ〜浅野忠信さんがホントに得意な役所だなっww。
適当というか傍若無人で行動力が凄くて。
人生経験が豊富な分余裕があると言うのか世間をナメてると言うのかw
で、実は頭脳明晰、という…。
浅野さんの心身ともに大きく懐深い感じが生きてて、
無頼っぽいイメージもそのまんまだし。
(でも浅野さん本人はかなり神経が細やかだと思いますけどね。
そういう所も実は弓神刑事的かもwww)

そして。

神木隆之介君とのバディなんですけども…。
神木君が…可愛い!!!(わははははははははははは。

イケメンで正統派の刑事なんだけど…実はなかなかに喰えない。
この「爽やかに腹黒い」って…『直虎』の亀ちゃんがそうだったよねwww。
友人と話したんだけど…実は「爽やか腹黒イケメン」って…リアルですよね、
こういう人居るもんね(わはははははははは。
見てる分には楽しい。
身近で関わりたくは無いがwww。

そして彼のきっと唯一の?泣き所?が…「童貞」だという事www。
弓神さんにバンバン突っ込まれてたけど、どうか毎回お願いします(ぇwww。


もうホントに対照的なビジュアル&役柄でいいですv。
いやあ…眼福でしたホントに。

今回は杉崎花ちゃんが切なく可憐だったのと、
稲森いずみさんがセクシーだったのも良かったwww。

花ちゃんもこれからどんどん大きな女優さんになって行くんだろうなあ。
ホント将来が楽しみです。

とゆ事で。
『刑事ゆがみ』楽しみです♪。
バディものの楽しさいっぱい味合わせて欲しいっす☆。
posted by 夏草 at 14:54| Comment(0) | ドラマとか舞台とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月20日

この身に替えても

『直虎』…とうとうこの日が来てしまいましたね。

高橋政次の最期の日。

大河ドラマは大河といえども「ドラマ」です。
創作です。

しかしそこに史実(と認定されている事)や逸話などを盛り込み、
歴史劇として視聴者に訴えかけるドラマに…というスタンスはまだあります。
だから今回、歴史的には嫌われ者の扱いも目立つ小野但馬守を、
最期はどのように表現するのか…と思って見ていましたが。

余りにも衝撃的で言葉がすぐには出ませんでした…。

でも間違い無く、今後とも長く私の心に刻まれるであろうお話でした。


☆以下ネタバレありますので、未見の方は読まないでくださいね☆


小さな力の無い井伊の国。
井伊を必死で守ろうと奮闘する人々の、熱く健気な頑張り。
ここでの小野政次もまた、
本当に人一倍身を粉にして戦った人でしたね。

苦く辛く苦しい闘い。
でも最期に…あのような幕切れを迎えるとは。

政次が磔になる所を直虎が見届けると決めたので、
「ああ…直虎は政次が皆に蹂躙される所を見届けるのか」…と、
私は思っていました。
政次がこんな風に穢されるのを見届けなくてはならないなんて、
(見届けないという答もあったけど…
大事な政次の死を引き受けなくてはと、
直虎は決意したんだな…と)
小国の主であればこそ、直虎は本当に本当に辛いな…と。

しかし。

直虎が文字通り引導を渡したのですよね。
表面的には「奸臣を成敗する」と見えるように振る舞い、
周囲(特に近藤さんね)を圧倒し、井伊の正当性を主張しながら、
あの者達から政次が穢されるのを守り、政次の死を守りきった。
この手で送ってやる事こそが…、
直虎の最大の愛情表現となってしまった事が本当に悲しいですが…。

そうして同時に「政次の死を決して無駄にはしない」と伝えた。
血反吐を吐きながら、直虎に「見守っている」と応える政次。
その血しぶきが直虎の白い頭巾にかかっていて…たまらなくなりました。

直虎はもはや立派な戦国武将です。
あのような苛烈な局面に直面させられ、
心を切り裂かれながらも決死で踏ん張った。
涙一つ見せずに一世一代の強さを結集して…政次に引導を渡したのですよね。
それは…井伊を守り、政次の心に応える事だから。

辛くて悲しくて…本当に切ないです…。
でももの凄く壮絶な愛だな…。


シナリオの森下さんは…『黄金の日々』がお好きなのでは…と、
かねがね感じていましたが、それで連想した事がありまして。

『黄金の日々』では根津甚八さんが演じた石川五右衛門に、
もの凄く有名なシーンがありました。
(根津甚八さんの石川五右衛門は本当に素晴らしかった)

太閤の寝所に押し入って捕まり、五右衛門は名高い「釜茹で」になるのです。
鬼気迫る、心に刺さる大変なシーンでしたが、
今回個人的に…『直虎』の政次の死のシーンは、
それに匹敵するくらいの衝撃と感銘を受けました。

政次の死を胸に刻んで…今後の直虎はもっと強くなるのかもしれません。
もっと強くしたたかに…ひとかどの戦国武将に。
そして…直政が徳川の懐刀となって井伊は返り咲く。

いえ、返り咲くのではありません、
もっと大輪の花を咲かせる事になるのです。

その日を一番喜んでくれるのは…政次に違いありません…。
posted by 夏草 at 22:02| Comment(0) | 大河ドラマ☆おんな城主 直虎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月17日

そして直虎らぶ

大河『直虎』…とうとうというかついにというか、
戦国のビッグネームも続々登場してきて…、
華やか且つ凄みが増して来ました♪。

いやあ…この大河では浅丘ルリ子さんの寿桂尼が…、
ホントにカッコいいですね!!。
この浅丘さんを見られてホントにホントに良かった。
直虎にとっても女城主というか女大名の大先輩である彼女。
あれだけの家を切り盛りしていたのですから、
それはもう涙も笑みも策略・腹芸……堂々たる為政者ぶり。

常々思っているのですが、
喰えない人物、大人物というのは…実は結構本音を言う人だと。
そう、つまんない嘘は言わない。
つじつま合わせに四苦八苦して面倒な事になるだけだし、
第一、人間って本音キャラに好感持つからね。
本音を言って相手に「お!」と思わせつつ懐に入り込む。

そして…本音の間に…実は巧みに腹芸を挟んで来る。
そこの継ぎ目が澱み無いというか…変幻自在というか、
結果相手を押したり引いたりして自分のペースに巻き込んで行く。
極々自然にそういうい風にシフトできるという所が、
この手の人物の凄さだと思います。

そういう手練れ感がハンパ無いですね、寿桂尼と…そして松平健さんの信玄!。

いやあ…この信玄公も華があるよね…。
まさに赤い大入道!いや楽しくなって参りました♪。
表面は二人ニコニコしながら、水面下でのジャブの応酬!面白かったね♪。

そして直虎の方ですが。

失敗を乗り越え、四面楚歌・艱難辛苦を耐え、
龍雲丸との出会いやら、
政次とようやく上手にタッグを組めるようになるやら、
悪戦苦闘試行錯誤しながら…、
我らが城主、堂々たる一国の主になって来ましたよ!!。

思えばホントに、
人無し金無し経験無しの新米領主、よくぞここまで立派になられた!!。
なんかもう…何故か傅役的な気持ちで殿を見守っている自分www、
ちょっと(かなり)感動しておりますよ。

史料があんまり無いから、
シナリオライターさんの力量で作られる世界だけど、
一足飛びに「有名所に無理に絡ませて行く」ストーリーでは無く、
地道に直虎を作り上げて行った過程は素晴らしい。
私個人はとても楽しませてもらってます。


そうなんですよ。
今回のドラマでは何と言っても、
高橋一生さんの政次が凄いキャラなので、
そこは一番目が行く所とは思いますが…、
実は直虎の人物像もとても良いと思って見てます。

優等生では無いけれど…十分に聡明で伸びやかで、
鉄人では無いけれど打たれ強く、
しかし可愛らしくもあり頼りない所もあり。
王道って言えば王道な主人公ですが、しかしいざとなると肝が据わる。

そう、いざとなると果敢に剛胆なんですよね、直虎。
好きです。

最近友とよくこの事について話すんですが…
心理学的に言うと、人間は実は自分の中に両性を持っているんだそうで、
つまり男性の中には実は女性性が、女性の中には男性性があると。
で、人間が練れて来るというのは…、
自分の中の異性を自分の性と上手く統合できる時らしいと。

ドラマの直虎はまだ若いけど、もうそういう所があると思うんですよね。
勿論、領主という男性的な立場につく事になったので、
彼女の中の男性性が表面化したのはあるけれど、
シナリオ的に人間として磨かれて来たと。

そういう信頼感が直虎にはあります。
これからがとても楽しみな主人公。

そして…井伊はまた嵐の渦中に投げ込まれる事になりますね。
前門の甲斐の虎、後門の三河の若狸、
東からは小田原の汁かけご飯の人、北からは越後の龍、
そして…西からは第六天魔王ですよ〜〜素晴らしい!!!(^^;
わはははははははははははははは。

こんな状況なので…今川から寝返る井伊なのです。
生き延びるためにはなんでもやる。
これが小さな井伊の死にものぐるいの闘い方。
戦国期の生き方には色々あり、
去年の真田信繁に象徴されるような、
一家への忠義とは違う戦国の生き様が…ここにあります。

私個人はどちらの生き方も、
その人が納得して突き進んでいれば良いな…と思うんですよね。
戦国時代は徳川期に比べて「自分の生き方を通せる」時代だったし、
(家を守るのが大前提ではありましたが、
忠義の考え方は「二君に見えず」では無かったので)
そういう風に生き抜いた人々に胸熱になります。

そして…今川家も今回とてもちゃんと描かれていて凄く感動してます。
今までの創作では、
今川氏真はどうしても「ダメ坊ちゃん」的になる事が多いのですが、
今回はそこに「風流の道が後々の氏真を助けて行く」という、
歴史的な事実が先触れとしてもイメージとしても重ねられていて、
凝った展開になっていると感じます。
文化的な人だったんですよね、氏真。
そして妻:早川殿と仲も良かったらしい。
その辺も出て来て…なんかこちらも胸熱でした。

あとは…今川に粛正された水野某ですけど、
水野氏って言うと…ます思い出しちゃうのは水野勝成であり、
次には…家康母:於大の方の実家ですよね。
どっちにしろ家康関係を連想して内心「お」となったですw。
今回の水野さんは「尾張の」って書いてあったし…、
この辺は面白いので調べてみようかと。


で!、
第三十話からは怒濤の展開との事。
(徳川四天王もキャスト出そろいましたね。
去年『真田丸』に井伊直政が出なかったのって、
今年の『直虎』に配慮したんですね、きっと。
個人的には…尾美としのりさんの榊原康政が気になるwww。
あ!あと…六角精児さんの本多サド守もw。
去年は近藤正臣さんの喰えない素敵なサドだったけど…、
今年のサドは曲者っぽwww)
ここから…弱小井伊が更に耐えて忍んで…、
そして輝かしいあの井伊家になって行くのですね〜!。
あのオープニングのファンファーレが現実のものとなる日が!。

楽しみだなあ!!。
……しかししかし…政次が……。
そして龍雲丸が……。
ああああああ!!!どうなるどうなる。
(やっぱりとっても心配だよ)
posted by 夏草 at 00:34| Comment(0) | 大河ドラマ☆おんな城主 直虎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする